日本人で唯一、米アカデミー賞作曲賞を受賞した作曲家・坂本龍一(1952〜2023)。長年活動を共にした批評家の浅田彰氏が綴る。

坂本龍一が71歳の生涯を閉じてからはや3年の時が流れた。その間に改めてわかってきたのは、私たちがいかに大きな存在を失ったのかということだ。
イエロー・マジック・オーケストラのメンバーとしての坂本龍一しか知らないという人もいるかもしれない。しかし、坂本が東京藝術大学で学んでいた1970年代前半はまだ前衛音楽が新しい地平を切り開こうとしていた時代であり、西洋クラシック音楽を学んできた彼も武満徹や高橋悠治らに続いて前衛音楽の最前線に躍り出たのだ。
ただ、政治的にも過激化した前衛芸術が袋小路に入りつつあったことも事実であり、大きく言えば他の分野も含めモダニズムからポストモダニズムへの大きな転回が生じつつあった。そこで坂本は、ヤニス・クセナキスや高橋悠治のように難解な電子音楽に没頭するより、細野晴臣の誘いを受けてシンセサイザーでキャッチーなフレーズを奏でるテクノポップへと転回し、デイヴィッド・ボウイともども大島渚の『戦場のメリークリスマス』に俳優として抜擢されたのを機会にロマンティックな映画音楽も手がけるようになる。
いや、大島よりベルナルド・ベルトルッチの名を挙げた方がいいかもしれない。前衛による解体の後でいかにして音楽が可能か模索していた坂本と、ジャン=リュック・ゴダールらによる解体の後であらためてスペクタキュラーな映画を撮ろうとしていたベルトルッチの出会いは決定的と言ってよく、『ラストエンペラー』『シェルタリング・スカイ』『リトル・ブッダ』という傑作群を生み出すことになった。
私はこうした姿を見て「坂本龍一はどんな音楽でも高精度でシミュレートしてみせるポストモダン音楽機械だ」と述べたことがある。そこには「自分の奏でるべき音楽などない、だからどんな音楽でも奏でてみせられる」というポストモダンなメランコリーとアイロニーを見て取ることもできるだろう。しかし、40年近い付き合いの中で見えてきたのは、そうした仮面の下にある殊のほか素直な素顔、どんな音楽・音響にも興味を持ち自分のものにしようとする子どものように純真な姿だった。そう、坂本龍一とは何よりも「音を愛する人」だったのだ。「自分は高橋悠治のようにピアノがうまいわけではなく、人様に聴かせる資格はない、ただ作曲家として自作の構造を示してみせるだけだ」という発言──圧倒的な自信に裏打ちされた謙虚な発言もそれに通ずるものだろう。

振り返ってみれば、徐々に仮面を脱ぎ捨て、素顔を晒すようになった、それが坂本の成熟過程だったと言えるかもしれない。同時に彼は、最先端のテクノロジーへの飽くなき関心を抱きつつ、自然を愛し、自然保護活動やそれと不可分に結びついた反核平和運動に力を注ぐようになる。欧米では68年以後の新左翼から政治運動としてのエコロジズムとフェミニズムが生まれたが、最晩年の病床から小池百合子東京都知事に樹木伐採の再考を求める書簡を送った坂本は、本格的な「緑の党」のない日本でそれに代わる役割を果たしたとさえ言えるのではないか。
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