大島 渚 しきたりが大好き

大島 武 長男・東京工芸大学教授
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大島渚(1932〜2013)は、戦後を代表する映画監督として、『愛の亡霊』で第31回カンヌ国際映画祭の最優秀監督賞を受賞。『戦場のメリークリスマス』は世界で高い評価を得た。家庭での意外な素顔について、長男で東京工芸大学教授の大島武氏が綴った。

 トカトカトン、トカトカトカトカトカトン♪ 令和5(2023)年は映画『戦場のメリークリスマス』(昭和58年)のテーマ音楽を聴く機会が多く、懐かしかった。作曲者で映画の主演もこなした音楽家の坂本龍一さん逝去の報道でよく流されたからだが、今の若い世代が大島渚を知っているとすれば、辛うじてこの映画を通してだろう。

大島渚(筆者提供)

 昭和の時代、大島渚は、次に何をしでかすか分からない、時代の最先端を走る映画監督として誰もが知る存在だった。文筆家、評論家でもあり、テレビタレントでもあったかもしれない。私が父の職業をちゃんと認識したのは小学3年生のとき、『夏の妹』(昭和47年)からである。この作品は主演が特撮番組で活躍した石橋正次さんと当時人気だったアイドルの栗田ひろみさんで、子ども心にも誇らしく思ったものだ。ただ「子どもの観るものじゃない」という祖母の鶴の一声でこの映画は観る機会を逸し、次回作に期待ということになった。「パパはすごい人なんだ。次はどんな作品だろう?」ワクワクしながら3年半ほど待ったが、ようやく発表された新作は『愛のコリーダ』(昭和51年)。昭和初期の阿部定事件をモチーフにした成人映画で、全編男女のセックスシーンだらけのブッとんだ一作である。これはちょうど思春期を迎える時期の私には辛かった。本作の写真を載せた単行本が刑法一七五条「わいせつ物頌布等罪」で起訴され、父は突如として刑事被告人となり、私は「エロ監督」の息子として辛い中学時代を送ることになる。

 戦後処理、階級格差、学生運動、死刑制度。初期の大島作品は普通の人があまり観たくないような社会的なタブーを扱ったものが多かったが、コリーダ以降はパーソナルな主題に変容していった。『愛の亡霊』(昭和53年)ではやはり男女の性愛、前述の戦メリと『御法度』(平成11年)は同性愛を扱っている。動物との性愛を描いた『マックス、モン・アムール』(昭和61年)は、さすがに時代の先を行き過ぎたようでヒットしなかった。モチーフの変遷はあったが、誰もやらないことをやりたい、最先端でありたいという志向は全作品に通底していたように思う。大島作品は、「一作一作がまるで別の監督が撮ったように思えるほど異なる」と評される。自分のスタイルを確立し、時には作品をシリーズ化してファンの期待を裏切らないように努める作り手も私は素晴らしいと思うが、彼はとにかく自己模倣を嫌う人だった。

 さて、特異な作品群やメディアでの過激な言動から大島渚は怖い人、変人といったイメージも少なからずあったが、私生活では極めて普通の人であったことをお伝えしておきたい。「礼儀正しくしなさい。人間、礼儀さえしっかりしてれば何とかなる」「若いうちはとにかく勉強が大切だ」「孫が生まれて、ボクも念願のおじいさんになれて嬉しいよ。ありがとう」。息子として父から変ったことを言われた記憶は全くなく、思い出されるのは保守本流の言動ばかりである。

大島武氏(本人提供)

 私がNTTに勤めていた頃のエピソードも忘れ難い。急用で職場に電話をかけてきた父は何と偽名を使った。「ヤマダといいますが、営業の大島さんいますか?」。なぜ偽名など名乗ったのかと問うと、「いや、職場に親が電話なんかかけてきて、キミの出世にひびくとまずいだろ」との答え。メディアを通しての、世の中全部を敵にしても怖くないかのような言動とのギャップに驚いたものだ。

 私と次男の新には徹底して過保護で接し、怒られた記憶もない。ただ大島家には行事が多く、それらへの出席は大人になっても求められたし、しきたり的なことにも諸事細かかった。『儀式』(昭和46年)で日本の古い因習やイエの制度を徹底的に相対化し、揶揄した大島渚だが、私生活ではイエが大好きだったのだ。チェ・ゲバラらの夭逝を引き「革命家は39歳までに死ぬべき」と威勢がよかった父は、晩年要介護の人となりながらも80歳まで生きた。過激な言動で物議を醸し、時には度が過ぎて暴力沙汰となって一晩留置場で過ごしたことはあったが、最後まで塀の向こうに行くことはなかった。前衛と常識、その二面性は父を知る多くの人たちから愛されていたようにも思う。

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source : 文藝春秋 2025年1月号

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