ミステリー映画の傑作『犬神家の一族』から『細雪』、ドラマ『木枯し紋次郎』など幅広いジャンルで日本中を魅了した市川崑(1915〜2008)。市川を師と仰ぎ、『市川崑物語』の監督も務めた岩井俊二氏が市川ワールドの魅力を語る。
市川崑作品との邂逅は、昭和51(1976)年に公開された『犬神家の一族』が出発点です。本と映画のメディアミックスの走りであった角川映画のスタート期、本好きの中学生だった僕は、まず本屋に並んでいた横溝正史原作の文庫本に目を奪われました。猟奇と耽美が入り混じった杉本一文さんの表紙絵に圧倒され、映画の公開前には「ホラー映画なのかな」と思うほどでした。
そして10月の公開を迎え、映画館で『犬神家』を観たのですが、極太明朝体で書かれたタイトルと大野雄二さんの音楽に衝撃を受け、一気に引き込まれました。映像も素晴らしく、グレーがかったくすみ具合、終戦直後の地方にある旧家の明暗も魅力的。俳優のアップやアクションをリズミカルに繋ぐ編集や、遺体に犯人のメッセージを込めた構成も印象的です。なかでも湖に逆さまに没した遺体には、強烈なインパクトを受けました。全体を貫くノスタルジックな雰囲気など、それまでと違う日本映画だと思いました。
当時は現在の劇場のように入れ替え制ではなかったので、劇場がはねるまでスクリーンに没入しました。その翌年の『悪魔の手毬唄』も、映像と村井邦彦さんの音楽がマッチングしていて非常に素晴らしかった。こうして『細雪』(昭和58年)などの新作から旧作である『野火』(昭和34年)や『黒い十人の女』(昭和36年)なども観るようになりました。
市川さんと初めてお会いしたのは、僕が映画を撮るようになった90年代半ばのことでした。市川さんの新作をお手伝いすることになり、南平台にあった御宅に通うようになったのです。玄関で出迎えてくださった監督は本当に可愛らしく、チャーミングな印象でした。打ち合わせも半分以上は楽しい雑談。昭和19年公開の『四つの結婚』では、撮影所に来た原作者の太宰治が主演の高峰秀子さんを口説くのを止める係だったなど、面白い話をいくつも伺いました。既に80歳を超えていらっしゃるのに、僕がコンピュータで音楽を作る話に興味を持たれ、録音部の方に「明日からやれるようにしたい」なんて注文なさったりもしていた。雑談から一転、仕事になると厳しく貪欲な姿勢に驚かされもしました。
新作は横溝正史の大正・昭和ロマン的『本陣殺人事件』と太宰治の『ヴィヨンの妻』に絞られたのですが、市川監督はとくに『本陣殺人事件』に意欲的でした。やがて監督は「本編を前後編に分け、前編を自分、後編を岩井さんが撮るのはどう?」と共同監督を提案してくださり、果てには市川さんが「これは岩井俊二作品だよね」とおっしゃったことも。僕は「いやいや、隅から隅まで市川ワールドで『犬神家』をもう一度! という作品ですよ」と改めてご説明したりしました(笑)。
こうして撮影寸前まで進んだものの、残念ながら実現に至りませんでしたが、晩年、市川さんがお電話をくださり、「あれをもう一回、動かせないかな」とおっしゃってくださった。その再起動が間に合わないまま亡くなられてしまったので、いつか遺志を継いで、挑戦出来たらと願っています。
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