坂本龍一 YMOの前と後

牧村 憲一 音楽プロデューサー
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坂本龍一(1952〜2023)は世を去る直前まで音楽活動を続けた。音楽プロデューサーとして当時共に仕事をしてきた牧村憲一氏が世界的作曲家の“青の時代”を語る。

 2009年9月、僕は心臓病を患って手術を受けることになりました。その前日の夜更け、「もしものことがあったら」と不安になり、それを誰かに伝えておきたくなってしまった。その際に「ニューヨークにいる坂本君なら起きているかも」とメールを打ちました。「起きてますか?」と送信すると、即座に返事がきた。僕に万が一のことが起きたら、大げさかもしれないが最期の言葉を伝えてほしい旨を書き送ると、「僕と牧村さんがやるべきことは残ってる。生き残って貰わないと困る」というメッセージとともに今後、坂本君が僕とやりたいことを箇条書きにしたものが送信されてきました。

 2011年の冬、僕は彼と開業したばかりの代官山蔦屋でばったり出会いました。あれ、なんでここに? と訊くと、「これ」とコートの奥から購入したばかりの『仮面の告白』初版復刻本を出してきました。お父さんの一亀(かずき)さんが編集を手がけた三島由紀夫の作品を嬉しそうに見せた表情は忘れられません。それから名盤『音楽図鑑』のリマスターや『commmons: schola〈音楽の学校〉』の第16巻「日本の歌謡曲・ポップス」などをビジネスとは関係なく、ささやかながら手伝いました。思えば、その間の坂本君は最初の癌が見つかり、病魔と戦っている最中でした。前置きが長くなりました、本題である“昭和の坂本君”に入りましょう。

坂本龍一 Ⓒ文藝春秋

 ――出逢いのきっかけは昭和49(1974)年。僕は「荻窪ロフトに出ている友部正人のところに芸大在籍の良いピアニストがいる」と耳にしました。間もなくロフトで企画を担当していた長門芳郎さんからその名を「坂本龍一」と教えられました。この時はまだ、名前をインプットしただけで坂本君の演奏を聴いてはいなかった。その翌年の12月23日、新宿厚生年金会館小ホールで「シュガー・ベイブ・クリスマス・コンサート」が開催されました。山下達郎らのメンバーに加えてキーボードに坂本君がいた。この日のプログラムには大貫妙子コーナーが設けられていました。3曲目の「からっぽの椅子」は坂本君のピアノ伴奏のみで歌われました。その伴奏は他と質感そのものが違った。演奏スタイルも後年の音を正確に選ぶ運びではなく、とにかく指が動く! この日、僕は初めてプレイヤーとしての坂本君を目の当たりにしたのでした。

屈託のない笑顔

 そして昭和51年、僕は山下達郎の初ソロアルバムにスタッフとして参加、ニューヨークに送るデモテープの収録に立ち会うことになりました。この録音には坂本君が参加してくれました。無事にニューヨークでアルバム『CIRCUS TOWN』のレコーディングを終えた時、ニューヨークサイドのプロデュースをしてくれたチャーリー・カレロ(フォー・シーズンズの前身バンドのメンバー、敏腕アレンジャー)が坂本君のデモテープでの演奏を絶賛し、「彼をなぜ、こちらに連れて来なかった」とまで言ったんです。嬉しくなった僕は、帰国後に坂本君に賞賛の言葉を伝えると、「おー!」と屈託のない笑顔を見せてくれました。その彼の喜びは、まだポピュラーミュージックの世界と隔たりを感じていた中で演奏を認められ、自信を得た瞬間だったのかも、と今にして思います。

 ――昭和53年、笹塚。僕の事務所の元メンバーで坂本君をバックアップしていた生田朗君の関係でテイク・ワンという事務所へ顔を出すと、そこにパリッとお洒落をした坂本君がいました。一年中、長髪、口ひげにジーンズ、ゴム草履姿だった彼の変貌に驚きましたが、それは初ソロアルバム『千のナイフ』のジャケット撮影のためだった。スタイリストは高橋幸宏さん。このアルバムは聞くところによると、実売が千に届かなかったそうです。現在からすると信じられない厳しい成績です。このアルバムのリリースと前後して、坂本君はYMOでの活動に入ります。

 思い起こせばYMO結成前、僕は細野晴臣さんから一本の電話をもらっていました。坂本君のミュージシャンとしての力量や資質を問うものでした。僕は細野さんに、ピアニストとして、アレンジャーとして坂本君は申し分ない才能の持ち主であると答えました。おそらく細野さんが考えたキーボードの第一候補は佐藤博さんだったと思われますが、ご自身の進路がすでに決まっていたのではないでしょうか。その後、細野さんは『はらいそ』(昭和53年)の「ファム・ファタール〜妖婦」のレコーディングで幸宏さん、坂本君と録音を共にし、彼らとYMOを結成することを決めたのでしょう。

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source : 文藝春秋 2025年1月号

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