ジャーナリストの大西康之さんが、世界で活躍する“破格の経営者たち”を描く人物評伝シリーズ。今月紹介するのは、重光武雄(Takeo Shigemitsu、ロッテグループ創業者)です。
重光武雄
ガムから石油まで牛耳った稀代のマーケター
日韓「ロッテグループ」の創業者、重光武雄名誉会長(韓国名:辛格浩(シンギヨクホ))が1月19日、ソウル市内の病院で死去した。98歳だった。日本でロッテといえば、ガムの「クールミント」や「ガーナチョコレート」で知られる菓子メーカーだが、韓国では売上高8兆円を超え、サムスン、現代、SK、LGに次ぐ第5位の財閥。その中で重光氏は唯一、存命している創業者だった。
重光氏は日本統治時代の朝鮮半島慶尚南道で生まれた。1941年、関釜連絡船で渡日し、早稲田実業学校で化学を学んだ。1946年に卒業すると、重光氏の才気を見込んだ日本人投資家から資金援助を受け、八王子に軍需用の切削油の工場を建設する。だが工場は空襲で焼かれ、無一文で終戦を迎える。
終戦直後、戦地から引き揚げてくる日本兵は、着の身着のまま、髪も髭も伸び放題の有様で、散髪をする余裕もない。それを見た重光氏はなけなしの金でひまし油を仕入れ、整髪剤のポマードを作った。身だしなみを気にし始めた復員兵は、争うように買っていった。
しばらくすると、進駐軍が我が物顔で東京の街を練り歩き、腕にぶら下がる売春婦と路上でキスをした。日本の男たちは屈辱に身を震わせ、重光氏も怒りを感じたが、すぐに別の所に目がいった。キスをする前、進駐軍の兵士たちはクチャクチャとガムを噛んでいる。口寂しさを紛らわせているだけでなく、口臭を防ぐ意味もあると知った。
「日本がアメリカ人を真似てキスをするようになれば、エチケットのためにガムが売れるのではないか」
これが、ガムを手がけるきっかけとなった。ブランド名の「ロッテ」は重光氏の愛読書、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』の主人公、シャルロッテに由来する。「お口の恋人」のキャッチフレーズを考案したのも、「クールミントガム」の包み紙にあしらわれたペンギンのイラストを描いたのも重光氏である。今風に言えば、稀代のマーケターだった。
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source : 文藝春秋 2020年3月号