ジャーナリストの大西康之さんが、世界で活躍する“破格の経営者たち”を描く人物評伝シリーズ。今月紹介するのは、ゴー・ハップジン(Goh Hup Jin、ウットラムグループ総帥)です。
ゴー・ハップジン
「アジアの塗料王」は日本人より日本の企業社会を知っている。シンガポール最大の塗料メーカー、ウットラムグループの総帥、ゴー・ハップジンが、日本の老舗企業を着々と改造している。
2019年1月、ハップジンは経済産業省と大げんかをして産業革新投資機構(JIC)社長を辞任した田中正明をシンガポールに招き、新造クルーザーの上でこう言った。
「日本ペイントの株主価値を最大化し、世界一の塗料メーカーにしてください」
日本人経営者の中でずば抜けてグローバルなセンスを持つ男が素浪人になった瞬間を見逃さなかった。
田中は歯に衣着せぬ物言いで、「ケンカ正(まさ)」の異名を取る。米国の銀行のトップを務めたこともあり、日本のバンカーには珍しく、米欧の金融機関とも太い人脈を持つ。請われてJICの社長になったが、経産省主導の「計画経済」を是とする人々とことごとく意見が対立し、数カ月で辞任した。ハップジンはその田中をウットラム傘下の日本ペイントホールディングスの会長に据え、今年1月からは社長CEO(最高経営責任者)を兼任させた。
元日産会長のカルロス・ゴーン、鴻海(ホンハイ)精密工業前会長のテリー・ゴーと似た名前を持つゴー・ハップジンは、さしずめ、「静かなるゴーン」だ。
ウットラムとハップジンの名前が日本で知られるようになったのは2013年1月。それまでは14%だった日本ペイントへの出資比率を45%に引き上げる提案をし、「すわ乗っ取りか」と騒ぎになった。
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source : 文藝春秋 2020年4月号