新型コロナウイルスが口の中の細菌と一緒になって肺に入り込むと、重症化することはわかっている。口の中をきれいにすることは、感染防止に大いに役立つ。そのために必要なのは「唾液力」だ。
槻木氏
歯周病で免疫低下
ウイルスは、口や鼻などの粘膜から体内に入って来ます。そこで注目して欲しいのが、「唾液の力」です。唾液の99%は水分ですが、残り1%に含まれている100種類以上の成分の中に、抗ウイルス・抗菌の作用をもつ免疫物質があります。
私は、20年ほど前から唾液の効能を研究し、「唾液腺健康医学」という新しい学問領域を提唱してきました。
「唾液力」が低くなれば、口から入って来るウイルスに感染しやすくなり、高めておけば感染しにくくなります。唾液は非常に機能性の高い液体であり、口の中を洗い流す天然の洗剤なのです。
唾液に含まれる抗菌物質には、IgA(免疫グロブリンA)、ペルオキシダーゼ、ラクトフェリン、リゾチームなどがあります。分泌量が最も多いIgAは、粘膜免疫の中心となって、鼻や口や肺などの表面を守ってくれる実行抗体です。母乳にも多く含まれていて、赤ちゃんの健康を守っています。
このIgAこそが、新型コロナウイルス撃退に効果が期待される物質です。口内に細菌やウイルスなどの異物が侵入すると、IgAが素早く見つけて取り囲み、粘膜への付着を防ぎます。そのあとは、唾液の自浄作用によって洗い流されます。
IgAが結合することによって、細菌やウイルスは中和、あるいは活性を失い、感染することなく消化されます。IgAは涙や鼻水にも含まれますから、目や鼻の粘膜も、同じ仕組みでウイルスの侵入を防いでいます。
日本人にはあまり多くないのですが「IgA欠損症」という病気があります。IgAを作る能力をもたないこの病気の患者さんは、上気道感染症にかかりやすいことがわかっています。上気道感染症とは、細菌やウイルスが鼻から咽頭までの粘膜に付着して、鼻炎や扁桃炎や咽頭炎を発症することです。日頃から風邪を引きやすい人は、IgAの分泌量が少ない可能性があるわけです。
免疫機能には、一度かかった病気から身体を守る「獲得免疫」と、あらゆる異物に反応する「自然免疫」があります。IgAは自然免疫を司る抗菌物質で、悪い菌やウイルスだけ識別して排除する優れた性質をもっています。すなわち、未知のウイルスへの効果も期待できるわけです。
今回のコロナウイルスは新型ですが、IgAが過去に経験したウイルスの中で、構造が似ていると判断して反応することがあるかもしれません。その反応を「交差反応性」といいますが、IgAが反応するウイルスの性質を分析すれば、新型コロナの治療法を解明する糸口になるかもしれません。
このように優れモノのIgAですが、その働きを阻害して免疫を下げる要因もあります。たとえば、激しい運動やストレスです。
歯周病によってできる歯周ポケットも、IgAの働きを悪くする原因になります。歯周病菌は口の中の常在菌ですから、IgAなどの抗菌作用が働いていれば増加しません。しかし唾液力が低下して歯周病が進み、歯と歯茎の溝に歯周ポケットができると、IgAはその中まで届かないのです。歯周病は、誤嚥性肺炎、動脈硬化、糖尿病の重症化などのリスクも高めますから、注意しなければいけません。
「舌」がターゲットに?
新型コロナウイルスと従来のインフルエンザやSARSを比べると、感染の広がり方や病態の特徴には違いがありますが、体内に侵入するパターンは同じです。ウイルスが侵入するには、宿主の側に受容体(レセプター)と、ウイルスを活性化させる酵素(プロテアーゼ)が必要です。この2つが揃わないと、インフルエンザも他のウイルスも、人の体内へ入っていけません。
新型コロナの感染者の中には、味覚と嗅覚がなくなったと訴える人がいます。普通の風邪でも味や匂いがわからなくなる場合があるので、新型コロナに特有の症状かどうか突き止めるには、もう少し時間がかかると思います。
ただし可能性として、舌の表面にあって味覚を司る味蕾という細胞にウイルスが直接くっつき、味覚異常を起こしていることが考えられます。舌にはコロナウイルスのレセプターが非常に強く発現しているという論文が、ついこの間出たばかりです。つまり、舌が新型コロナのターゲットになっている可能性があるわけです。私もこの点について、今後検証しようと考えています。
朝一番に歯磨きを
コロナウイルスの場合、プロテアーゼとして突き止められている中で注目されているのは、TMPRSS2という唾液腺にある酵素で、この酵素をターゲットにした治療薬が研究されています。
インフルエンザの場合、口内のプロテアーゼを除去すると感染リスクを下げられることがわかっています。新型コロナでも、口の中をきれいにすれば同じ効果が期待できるという推測が、じゅうぶん成り立つわけです。鼻より口のほうが、ウイルスの入り口として大きく、口内の細菌数の多さは、鼻腔とは比べ物になりません。そこで大切なのが、「唾液力」を高める歯磨きと舌磨きです。
歯磨きで最も重要なのは、朝一番にやること。朝の口内は細菌まみれです。寝ている間は唾液がほとんど出ないので、自浄作用が働きません。寝る前に歯磨きをしても、朝起きたときには30倍ぐらい細菌が増えてしまいます。そんな状態で朝食を摂れば、細菌を全部飲み込むことになってしまいます。
磨き方は、歯医者さんに行って教えてもらうのが一番です。人によって歯の生え方や歯並びが違うため、汚れやすい部分と磨きにくい部分が違います。硬い歯ブラシで強く磨き過ぎると歯が削れてしまうので、柔らかめの歯ブラシを選んで、フッ素入りの歯磨き粉を使ってください。
歯磨きは「朝イチ」に
舌磨きも必要です。舌の奥に溜まる舌苔は、生きた細菌と死んだ細菌と食物残渣の固まりと考えてください。のどに近い場所にあって粘膜に付着しやすいので、取らなければいけません。ただし力任せにやると、粘膜を傷つけてしまいます。歯ブラシではなく舌クリーナーを使って、傷つけないように表面だけ、奥から手前へ磨くのがコツです。
新型コロナウイルスが口の中の細菌と一緒になって肺に入り込むと、重症化することがわかっています。口の中をきれいにして唾液力を高めることは、感染予防にも、重症化の予防においても重要なのです。
健康な成人の場合、1日1〜1.5リットルの唾液が分泌されるといわれます。これは、暑い日にかく汗の量と同じくらいです。
唾液に含まれる抗菌物質の働きを保つには、唾液がたくさん必要です。少なくなれば、ウイルスの感染リスクが高まってしまいます。ところが加齢によって、唾液の分泌量は減っていきます。個人差はありますが、40代から減り始めることがわかっています。睡眠薬や高血圧などの薬には、副作用で唾液を減らしてしまうものもあります。
「唾液力」をアップさせるためには、唾液の量を増やし、質を高めることが大切です。実は、食生活の心がけや運動によって、誰でも簡単に分泌量を増やすことができます。その具体的な方法を説明しましょう。
「唾液力」を高める5つの方法
1、「唾液力」を高める食材を摂る
唾液を作る唾液腺という臓器は、細胞を傷つける活性酸素に弱いことが分かっています。そこで、抗酸化作用のある以下のような成分を含む食べ物を意識して摂り、活性酸素から唾液腺を守りましょう。
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source : 文藝春秋 2020年6月号