食事、運動、睡眠、そして入浴。これが「健康のスクエア」だ。ところが、毎日湯船に浸かる人はわずか25%。積極的にお風呂に入って血流を改善し、体の“ライフライン”を強化しよう。
早坂氏
「免疫機能のアップ」とは
私はこれまで約20年にわたり、生活習慣としての入浴を医学的に研究してきました。その経験から一つ、確信したことがあります。
それは、「入浴こそ、一般の方が実践できる、最も優れた健康法」だということです。手軽で安価、毎日無理なく実践できて、しかも効果は抜群。このような「最高の健康増進ツール」が、全国各地のほとんどの家に備えつけられている国は、世界のどこを見ても日本だけでしょう。
実は、入浴の大きな健康作用については医学的に実証されているのです。いくつか挙げてみると、免疫機能のアップ、自律神経の調整、血流改善、基礎代謝や体内酵素の活性化、精神的ストレスの軽減――。驚くほど様々な効果があります。
中でも、読者の方々が今気になるのは「免疫機能のアップ」ではないでしょうか。新型コロナウイルスの感染が拡大する今の状況において、万が一ウイルスに感染したとしても、病気に負けない強い体をつくりたいですよね。
そもそも「免疫機能のアップ」とはどういうことなのか。端的に言えば、体内の免疫細胞が正常に働くということです。入浴に関するいくつかの研究では、温かいお湯に一定時間浸かることで、体内の免疫細胞が増加することが分かっています。代表的なものが、ナチュラルキラー(NK)細胞です。NK細胞は文字通り“生まれつきの殺し屋”で、体内の異物、例えばガン細胞やウイルスを攻撃する働きを持っています。そのNK細胞が増加すれば、必然的に体の免疫力もアップするということになるのです。
ただ、免疫細胞の増加が長期的に体にどのような影響を与えるかについては、未解明の部分も多いです。細胞の増加は一時的なものであるという研究結果もあります。
そこで、もう少し大きな部分に目を向けてみましょう。入浴には、前述したように多くの健康効果があります。よく「食事」、「身体活動(運動)」、「休養(睡眠)」の3つの手段が「健康のトライアングル」と言われますが、私はここに「入浴」をつけ加えて、「健康のスクエア」にするべきだと考えます。毎日のお風呂において正しい入浴法を実践し、健康な体をつくっていく。それが長期的な視点で見て、ウイルスに負けない免疫力のある体をつくっていくことにつながるのではないでしょうか。
入浴は日本人の生活に根ざしている
血液の巡りをよくする
まずは、入浴が体に与える医学的効果について説明しましょう。大きく分けて4つの作用があり、「温熱作用」、「静水圧作用」、「浮力作用」、「清浄作用」となります。
このなかで最も重要なのは、体を温める「温熱作用」です。人間にとって体温維持は非常に重要で、例えば体温が正常値よりも1℃低いだけで、免疫機能など様々な生理機能が落ちることが知られています。そうなると感染症にもかかりやすくなってしまうので、しっかりお湯に浸かって体を温める習慣をつける必要があるのです。
また、「温熱作用」は血流改善にも効果があります。お湯に浸かることによって、まずは体の表面が温められます。次に皮膚の下まで熱が伝わり、血管の拡張が起こることで、血液の流れがよくなるのです。
人間の細胞は体の隅々まで張り巡らされた血管を流れる血液によって酸素や栄養分を受け取り、また二酸化炭素などの老廃物を回収してもらいます。血液の巡りがよくなるということは、いわば、体にとって一番大事な“ライフライン”が強化されるということです。血液の巡りがよくなれば、免疫細胞も体の隅々まで行き渡り、正常にその機能を果たすことができます。
加えて「静水圧作用」も、血液の循環に大きな影響を与えます。お湯に浸かると、人間の体には水圧がかかります。その作用は意外と大きなもので、身長170㎝・体重60㎏の人間が首までお湯に浸かると、全身に約400㎏重の水圧がかかっている計算になります。お湯に浸かると特に水圧が下肢の皮膚の血管を押さえつけるので、血液は体の中心部の心臓にやや押し戻される形になる。そして湯船から出ると、水圧がなくなることで血管が一気に開放され、血液が勢いよく流れ出します。この一連の流れが、血液の巡りをよくすることにつながるのです。
「浮力作用」は主に精神面に影響を及ぼします。お湯に肩まで浸かった場合、その人の体重は浮力によって十分のになります。こうして体が軽くなることにより、大きなリラックス効果がうまれるのです。
最後の「清浄作用」は言うまでもなく、皮膚の汚れを綺麗にするという作用です。お湯に浸かって皮膚の表面を洗い流すことで、体に有害なウイルス、微生物、不要な皮脂や汚れなどを除去することができます。また、お風呂からは湯気が立っていますが、その湯気を吸いこむことで、口や鼻などの気道にある異物を外に排出するという働きも期待できます。
シャワー浴より浴槽浴
ここで注意しておきたいのは、これらの健康作用は、シャワーを浴びるだけではほとんど得られないということです。シャワーには「清浄作用」はありますが、「温熱作用」や「静水圧作用」はほとんどありません。免疫力アップやリラックス効果は見込めないのです。ですから、「シャワー浴」ではなく、湯船にどっぷりと浸かる「浴槽浴」をおこなう必要があります。
1回お風呂に浸かると、その健康作用は2〜3日は持続すると言われています。できれば毎日の入浴が望ましいですが、どうしても忙しくて時間がとれないという方は、最低でも3日に1回の頻度で湯船に浸かってください。
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source : 文藝春秋 2020年6月号