「夢と悪夢の振り子」ハビエル・バルデム

スターは楽し 第172回

芝山 幹郎 評論家・翻訳家
エンタメ 映画
画像1
 
ハビエル・バルデム
©PARAMOUNT PICTURES/MIRAMAX FILMS/SCOTT RUDIN PRODUCTIONS/Ronald Grant Archive/Mary Evans/共同通信イメージズ

 叩いても壊れそうにない体躯。「地上最悪」と呼びたい髪型。どんよりと曇った三白眼。全身から放電される危険な気配。逃げ場のない細い夜道で、こんな男が前方からやってきたら、どうすればよいか。さっさと踵を返すべきか。肚を決め、息を止めて歩を進めるべきか。

 いずれにせよ、嬉しくない状況だ。避けられるものなら避けたいに決まっているが、世の中には思いどおりに行かないことが多い。幸運ならば生き延びられる。運が悪ければあきらめるしかない。

 ハビエル・バルデムが『ノーカントリー』(2007)で扮したアントン・シガーは、まさにそんな存在だった。

 シガーは殺人者だ。呼吸をするように人を殺す。ただ、快楽的殺人者のレッテルは貼りづらい。「規範」に反するときだけ人を殺す、と映画では説明されるが、もっと不条理で、眼が合ったら最後という気がする。その殺しに躊躇はない。

 殺人の手口は多様だが、最も不気味な凶器は、牛の屠畜に使う高圧エアガンだ。ボンベに入った圧縮空気で鉄のボルトを撃ち出し、シガーは扉の錠前にも人間の額にも風穴を開ける。

 アントン・シガーの体現で、バルデムは一気に世界的スターの座を獲得した。ただ、玄人受けしていたのはずっと前からだ。1997年には、ジョン・マルコヴィッチから仕事の誘いを受けている(まだ英語ができなかったので断ったそうだ)。『夜になるまえに』(2000)でヴェネツィア映画祭男優賞を受賞したときは、アル・パチーノから絶賛の電話がかかってきた。『海を飛ぶ夢』(2004)でも、同じ賞を獲得している。

 バルデムは1969年、スペインのカナリア諸島で生まれた。若いころはラグビー選手として将来を嘱望されつつ画家を志していたが、男性ストリッパーの仕事で食いつなぐこともあったようだ。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!

初回登録は初月300円

月額プラン

1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

12,000円一括払い・1年更新

1,000円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き
雑誌プランについて詳しく見る

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2020年10月号

genre : エンタメ 映画