ハビエル・バルデム
©PARAMOUNT PICTURES/MIRAMAX FILMS/SCOTT RUDIN PRODUCTIONS/Ronald Grant Archive/Mary Evans/共同通信イメージズ
叩いても壊れそうにない体躯。「地上最悪」と呼びたい髪型。どんよりと曇った三白眼。全身から放電される危険な気配。逃げ場のない細い夜道で、こんな男が前方からやってきたら、どうすればよいか。さっさと踵を返すべきか。肚を決め、息を止めて歩を進めるべきか。
いずれにせよ、嬉しくない状況だ。避けられるものなら避けたいに決まっているが、世の中には思いどおりに行かないことが多い。幸運ならば生き延びられる。運が悪ければあきらめるしかない。
ハビエル・バルデムが『ノーカントリー』(2007)で扮したアントン・シガーは、まさにそんな存在だった。
シガーは殺人者だ。呼吸をするように人を殺す。ただ、快楽的殺人者のレッテルは貼りづらい。「規範」に反するときだけ人を殺す、と映画では説明されるが、もっと不条理で、眼が合ったら最後という気がする。その殺しに躊躇はない。
殺人の手口は多様だが、最も不気味な凶器は、牛の屠畜に使う高圧エアガンだ。ボンベに入った圧縮空気で鉄のボルトを撃ち出し、シガーは扉の錠前にも人間の額にも風穴を開ける。
アントン・シガーの体現で、バルデムは一気に世界的スターの座を獲得した。ただ、玄人受けしていたのはずっと前からだ。1997年には、ジョン・マルコヴィッチから仕事の誘いを受けている(まだ英語ができなかったので断ったそうだ)。『夜になるまえに』(2000)でヴェネツィア映画祭男優賞を受賞したときは、アル・パチーノから絶賛の電話がかかってきた。『海を飛ぶ夢』(2004)でも、同じ賞を獲得している。
バルデムは1969年、スペインのカナリア諸島で生まれた。若いころはラグビー選手として将来を嘱望されつつ画家を志していたが、男性ストリッパーの仕事で食いつなぐこともあったようだ。
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source : 文藝春秋 2020年10月号