三國連太郎 写真:共同通信社
1960年代の後半、私が青二才だったころ、三國連太郎は「狂気と妖怪」の代名詞で、「悪徳」や「猛毒」の権化だった。野性や謎や色気という言葉を口にするたび、彼の名はいつも引合いに出された。『飢餓海峡』、『にっぽん泥棒物語』(ともに1965)、『神々の深き欲望』(1968)といった濃密な作品が立て続けに公開された時期のことだ。
三國連太郎は、若者のあこがれだった。畏怖の対象でもあり、少し離れた場所から見ていたい年長者だった。あんな顔になるには……ああいう雰囲気を出すには、どんな人生を送ればよいのか。世間とどう戦い、人とどう交わればよいのか。
三國の奇行や放蕩が伝えられるたび、愚かな若者たちはつべこべと意見を交わした。とんちんかんを絵に描いたような光景で、議論のあとはたがいの顔を見やって、うんざりしたようにため息をつくのが常だった。ただ、そういう妖怪を世界の入口で見かけたのは、やはり一種の幸運だ。趣味の悪い金持や独善的な正義漢をお手本にするのではなく、箍(たが)の外れた妖怪をロールモデルにすること。そのほうが、人生は面白くなる。
いまにして思うと、三國は快楽と苦痛の記憶を、自らの全身に深く沁み込ませていた。沁み込ませた記憶を保存するだけでなく、機会さえあれば上書きしようとする構えも覗かせていた。そういう気配を、若者は敏感に察知する。
三國連太郎は、1923年、群馬県に生まれている。出生については諸説あるが、育ったのは伊豆半島で、映画に出はじめたのは、中国から復員したあとだ。
出演第一作は木下惠介の監督した『善魔』(1951)だった。私が見たのはだいぶあとだが、三國は拍子抜けするほどあっさりしていた。しかしこのハンサムな大男は、つづく『本日休診』(1952)や『警察日記』(1955)といった佳篇で、次第に異彩を放ちはじめる。
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source : 文藝春秋 2020年11月号