ホアキン・フェニックス
ホアキン・フェニックスは底を見せない。『ビューティフル・デイ』(2017)を見たときは、渋くなったなと思ったが、『ジョーカー』(2019)では、年を取っていないことに驚いた。いつまでも若々しいというのではなく、経年変化や金属疲労を感じさせないのだ。
『誘う女』(1995)と『ジョーカー』との間には、25年近い歳月が横たわっている。衰えは見当たらない。芝居の精度はどんどん高くなっているが、円熟や老成といった観念とは無縁だ。力強く、謎に満ち、幻視の力が上がっている。
『誘う女』で、ニコール・キッドマンの奇妙な色香に惑わされる高校生を演じていたのは、つい昨日のような気がする。高校生は肉欲の罠に落ち、彼女の夫のマット・ディロンを殺してしまうのだが、その愚鈍さがただごとではなかった。頭が泥沼にはまり込み、たまにのっそりと動く眼には判断力のかけらも認められない。1974年生まれのホアキンは、20歳を過ぎたばかりだった。
ホアキンと呼んで、フェニックスと呼ばなかったのは、4歳年上の兄が夭折の天才リヴァー・フェニックスだったからだ。姉のレイン、妹のサマーも俳優になった。ホアキン以外は「自然」にちなむ名前だ。ホアキンも10代の初めにリーフ・フェニックスの芸名を名乗ったことがある。デビューは8歳のときだった。
93年、リヴァーが薬物の大量摂取で死んだ直後、ホアキンはしばらく芸能界から遠ざかる。私が注目したのは『誘う女』からで、このときはもう大器と見なされていた。同級生を演じたケイシー・アフレックも、のちに大成する。
つぎに眼を惹かれたのは、『グラディエーター』(2000)でローマ皇帝の息子コモドゥス(主人公マキシマスが精力剤のような名前で、こちらは避妊具のような名の悪役)を演じたときだ。
この男も、暗愚で卑劣で悪辣な性格をしている。ただ皮肉にも、彼は自分が好意を持つ対象にそろって冷たくされる。父に疎まれ、姉に嫌われ、主人公のラッセル・クロウにも憎まれるのだ。そのおかしさと哀れさが、「ローマ帝国の衰亡」を体現しているかのようだった。
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source : 文藝春秋 2020年2月号