「喧嘩なら無敵の美女」シャーリーズ・セロン

スターは楽し 第163回

芝山 幹郎 評論家・翻訳家
エンタメ 映画
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シャーリーズ・セロン

 あれは眼をみはるような景観だった。

 空間も凄いが、肉体も凄い。どちらも張り合って譲らず、むしろ互いに支え合って画面にポエジーをみなぎらせる。耳に馴染まぬ言い方かもしれないが、この映画のポエジーは、漂ったり浮かんだりするのではなく、一気にみなぎるのだ。

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)は、そんな映画だった。舞台は、核戦争で1度は滅びた近未来の地球。主人公マックス(トム・ハーディ)は、荒野の砦を支配する独裁者イモータン・ジョーに捕えられ、人間輸血袋として兵士の車に結びつけられている。

 そんなジョーに反撥し、彼の子産み女たちを解放しようとするのが、女戦士のフュリオサ(シャーリーズ・セロン)だ。

 いましがた、私は「主人公マックス」と書いたばかりだが、正確ではない。この映画の主人公はフュリオサで、マックスは彼女を支える寡黙な騎士の役割を果たすのだ。フュリオサは強い。そして美しい。上腕二頭筋の盛り上がった左腕の肘から先は失われていて、金属製の義手が装着されることもある。脚はすらりと長く、体幹が立派で、髪はバズカット(五分刈り)にしている。眼のまわりと額にグリースが黒々と塗られた顔は、ノーメイクでも抗しがたい磁力を放つ。

 まるで刀だ。それも高熱で鍛えられた剛剣。彼女と並ぶと、若くて美貌の子産み女たちがやわな針金細工に見える。刀は砂漠を切り裂き、迫りくる男たちを薙ぎ払う。思わず口笛を吹きたくなる。

 シャーリーズ・セロンは、この映画で3段階ほど格を上げた。1975年、南アフリカのベノニ(ヨハネスブルクの東郊)に生まれた彼女は、10代半ばで深刻な事態に遭遇している。アルコール依存症の父親が母子に向かって発砲し、応戦した母親が彼を射殺してしまったのだ。正当防衛で無罪の判決が下されたものの、母子は南アを去ってミラノへ引っ越し、その翌年には米国へ居を移す。

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source : 文藝春秋 2020年1月号

genre : エンタメ 映画