ワクチン・ナショナリズム

新世界地政学 第110回

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 ロシアのミハイル・ガルージン駐日大使はこのところ、霞が関や永田町を相手にセールス外交に忙しい。

「世界最速で開発したコロナワクチンの生産を始めました。ぜひ、ロシアのワクチンを使ってみてください」

 プーチン大統領が、ロシアの国立ガマレヤ疫学・微生物学研究所と国防省が共同開発した新型コロナウイルスワクチン、スプートニクⅤを承認したと発表したのを受けてのことだ。

 ロシアはすでに医療従事者などへの接種を始めたようだ。来年初めからは一般市民向け接種も実施する予定だという。接種は2回に分けて実施され、免疫は約2年間維持されるとしている。プーチンは、自分の娘にこのワクチンを接種したことも明かした。エカテリーナ女王が1768年、天然痘ワクチンの接種を自ら志願した英雄譚に倣ったものだろう。

 欧米の新型コロナウイルスワクチン開発は現在、臨床試験最後の第3段階にあるが、ロシアはその最終段階をすっ飛ばして承認に踏み切った。ロシアの臨床研究組織協会は、副作用などのリスクが検証されていないとして承認を延期するように求めたが、それを抑えこんだ形である。すでに20か国以上がロシアのワクチンを購入することに関心を示しているという。

 ロシア以上にワクチン超大国に躍り出ようと情熱を燃やしているのが中国である。習近平中国国家主席は、この5月、世界保健機関(WHO)年次総会で演説し、「中国で開発されたワクチンは世界の公共財だ」と高らかに宣言した。

 中国はすでに9つのワクチン製品候補の臨床試験を進めており、うち5つが最終段階に入っている。カンシノ・バイオロジクスやシノバックは年産1億~2億回分の生産能力を準備している。カンシノのワクチンは、サウジアラビアで5000人を対象に最終段階の治験を始める予定だ。

 中国は、ブラジル、インドネシア、パキスタン、ロシア、そしてフィリピンに対してワクチンの優先配分の取引を提案している。王毅中国外相もワクチン外交に精出している。マレーシア外相ともインドネシア外相とも電話会談でワクチン開発協力を約束して回っている。それを追うかのようにポンペオ米国務長官も両外相にワクチンの開発協力を呼び掛けている。

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source : 文藝春秋 2020年10月号

genre : ニュース 国際 中国 ロシア