古い既得権益層には退場していただこう
<この記事のポイント>
●菅政権が安倍政権から引き継いだ重要な仕事がアベノミクスの完成。「縦割りの打破」はその最後のピース
●GoToキャンペーンは縦割り行政の弊害がもろに出ている。まずはこの各省庁の垣根を取っ払うべき
●菅政権に危うさがあるとすれば、前政権の「負の遺産」を完全に断ち切れていないこと
橋下氏
「個人による政治」から「組織による政治」へ
9月16日、菅義偉内閣が発足しました。新政権は「国民のために働く内閣」をテーマに掲げていますが、これからどのような仕事をしてくれるのか、まさに国民の注目が集まっています。
菅さんには、安倍晋三前総理と比べて「国をこうしたいという大きなビジョン、国家観が見えない」という批判もあります。それは全く頓珍漢な政治批判ですね。
僕が思うに、そうした批判をしている人達は、戦後日本の「五五年体制」の政治をいまだに引きずっているんでしょうね。五五年体制では、「万年政権与党の自民党」と「万年野党の社会党」という政治の構造が、38年間にもわたって続きました。自民党内の総裁争いによって、党内での“疑似政権交代”が起こるような仕組みだった。そのため、総裁が変わるごとに、新総裁のビジョンや国家観が厳しく問われていました。
菅首相
だけど、今の日本の政治は「二大政党制」が前提です。2つの大きな政党が選挙で国民にビジョンを提示し、政権獲得を争います。
この二大政党制における理想的な党の組織マネジメントは、党が組織としての大きなビジョンを掲げ、誰が総裁になったとしてもそのビジョンを実現していく、というものです。一人の政治家が自分の掲げたビジョンを全て完璧に実現するなんてあり得ません。ビジョンが大きければ大きいほど、何人ものリーダーが連なって実現を目指していくしかない。「個人による政治」から「組織による政治」へ。これが、大きな改革が必要な今の時代に、政治に求められていることです。
この政治マネジメントの手法は、「大阪維新の会」で実践しました。僕は大阪府知事、大阪市長時代に様々な改革に取り組みました。補助金の見直し、外郭団体の見直し、地下鉄の民営化、府立大学と市立大学の統合……既存の仕組みを片っ端から壊していった。その後うまく再構築できたものもあれば、壊したままになったものもありました。その僕がとっ散らかした状態を、吉村洋文知事、松井一郎市長が引き継いでくれ、完成させてくれました。
松井一郎市長
改革の集大成である「大阪都構想」については残念ながら未完成のまま、僕は政治家を引退しましたが、11月1日に再び住民投票をおこなうことになった。このように「大阪維新の会」は組織としてビジョンを実現していっています。
菅さんは安倍政権では7年8カ月もの間、政権ナンバー2の官房長官を務めてきました。安倍さんが打ち立てていた政治のビジョンについては重大な責任者であったわけです。政治マネジメントの視点で見れば、安倍さんと菅さんがワンセットでビジョンを実現させようとしているのは、極めて合理的な話です。
最後のピースをはめこむ
それでは、安倍政権のビジョンを引き継いだ菅政権が取り組むべき仕事とは何なのか。
7年8カ月続いた安倍政権を振り返ってみましょう。安倍さんは外交・安全保障については、政治的に合格レベルにまで進めました。また、消費税を2回も引き上げた。それぞれに賛否両論はありますが、これら一番しんどい部分に多くの政治エネルギーを費やしてやり遂げました。
一方、未完成で終わったことは何か。もちろん、北方領土問題や拉致問題などの未解決課題は菅さんがそのまま引き継ぐのでしょうが、中でも重要なのは経済政策、すなわちアベノミクスを完成させることです。
アベノミクスは、「金融緩和」「財政出動」「成長戦略」という三本の矢を掲げました。金融緩和、財政出動は実現し、他方、成長戦略は不十分となってしまった。この成長戦略とは、業界を束縛しているルールの自由度を高めることで新陳代謝を促し、日本経済の成長を目指すという規制改革が柱です。
菅さんはだからこそ、総理になってから熱心に「縦割り行政の打破」を叫び、古い制度や慣習を壊していこうとされている。まさにアベノミクスというパズルにおいて、最後のピースをはめようとしているのだと思います。
「既得権益層」を打破せよ
大きな改革課題は、いくつもの省庁にまたがっているものです。
最も典型的な例は、2013年に実施された「観光ビザの発給要件緩和」でしょう。菅さんは外国人観光客を日本に呼び込むインバウンド推進のため、ビザの要件を緩和しようとした。そうすると、関係する国土交通省、警察庁、法務省が、それぞれバラバラなことを主張するわけです。警察庁と法務省は、「外国人観光客が増えすぎると治安が悪くなる」と猛反対。それを菅さんが官房長官として取りまとめをおこない、各省庁を説得して緩和を実現させました。
大きな改革を実行する時には、一つの省庁では解決できず、複数の省庁で総合力を発揮して進めなくてはならない。菅さんは自身の経験から、そのことを強く実感している。だからこそ「縦割りが問題だ」と頻繁に言っているのでしょう。
それは一つの象徴的な言い回しですが、本質的なところは「規制改革」です。改革を実行しようとする時に壁として立ちはだかるのは、各省庁が所管する規制によって守られる“既得権益”勢力です。縦割り打破とはある意味、既得権益層との対決になる。ですから菅さんは、この「規制改革」を政権目標のど真ん中に位置づけるべきです。
ここで、そもそも日本は成長を目指すのか、目指さないのか――という議論に触れておきましょう。
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source : 文藝春秋 2020年11月号