「利潤主導型」成長戦略と決別し、「賃金主導型」成長戦略へ大転換せよ
<この記事のポイント>
●日本の「賃金下落」をもたらす最も根本的な原因は「需要不足」だ
●賃金上昇を実現するには、政府が財政支出、とりわけ公共投資を拡大して、需要不足を解消することが最低条件となる
●1990年代後半以降の日本が追求してきた「利潤主導型成長戦略」の下では、賃金は上昇しない
中野氏
賃金下落のメカニズム
菅義偉首相は、「最低賃金の引き上げ」に前向きだと言われているが、「賃金上昇」の重要性に着目したこと自体は全くもって正しい。過去20年以上にわたって日本経済が抱えてきた最大の問題が、「賃金の下落」にあることは間違いないからだ。
図(1)を見れば分かるように、日本の「実質賃金」は1998年以降、減少傾向にある。それだけではない。安倍前政権によるいわゆる「アベノミクス」の下では、実質賃金はさらに急落し、低迷した(コロナ禍に見舞われる前に、すでにそうだった)。
もっとも、安倍前政権もまた、「賃金上昇」を目指してきたはずだ。ところが、実質賃金は民主党政権時を下回る水準まで下落し、低迷したのである。
したがって、賃金上昇を実現するには、その前提として、賃金が上昇するメカニズムを理解しておく必要がある。逆に言えば、「どうして過去20年以上にわたって、賃金が下落してきたのか」、とりわけ「なぜアベノミクスは賃金の急落を招いたのか」を反省し、過去20年間の政策から大転換を図らねばならない。
まず、賃金下落をもたらす原因は何かと言えば、これは様々である。しかし、最も根本的な原因はやはり「需要不足(供給過剰)」であろう。需要が不足し、労働機会が乏しければ、労働者は低賃金でも仕事にありつかざるをえなくなる。そうなったら、賃金は下がる方へと向かいこそすれ、上がることは考えにくい。
需要不足では、デフレになる。したがって、もしデフレやディスインフレ(物価上昇率が極端に低い状態)であれば、需要が不足していると判断できる。実際、物価上昇率(コアコアCPI)を見ると、実質賃金が下落し始めた1998年以降、デフレあるいはディスインフレが続いている(2014年と2019年に一時的に物価が上がったのは、消費税率の引き上げによる)。
菅首相に近いアトキンソン氏は「最低賃金引上げ」が持論だが……
需要不足の解消が最低条件
賃金を上昇させるには、まずもって需要不足を解消しなければならない。需要が増え、供給を上回るようになれば、労働者不足となる。企業は労働者を確保するため、より高い賃金を支払うようになる。こうして、賃金上昇が実現するのである。
ここで重要なのは、経済が需要不足の状態のままでは、最低賃金を規制によって引き上げても、賃金上昇が実現するとは限らないということである。企業が最低賃金を引き上げても、需要がなければ、企業は利益を生み出すことができないからだ。利益がないのに、最低賃金の引き上げによって人件費だけがかさむなら、企業は赤字となり、倒産を余儀なくされる。それを避けようとすれば、雇用する労働者を減らすしかない。いずれにしても、失業者は増えるから、かえって賃金下落の圧力が働いてしまう。つまり、最低賃金の引き上げを国民全体の賃金上昇へと結び付けるには、「需要不足の解消」こそが最低条件だということになる。では需要不足は、どうしたら解消できるのか。
需要とは消費と投資のことであるから、消費や投資を増やせば、需要不足は解消する。しかし、賃金が下がっている時に、家計が消費を増やすはずがない。モノが売れない時に、民間企業が投資を増やすはずがない。需要不足下で、家計や企業といった「民間主体」が自ら消費や投資に積極的になって、需要不足を解消させることは考えにくい。したがって、需要不足を解消するには、「民間主体」に代わって、「政府」が財政支出を拡大して、消費や投資を増やすしかない。政府が消費や投資を増やし、需要不足が解消すれば、その段階で、民間企業や家計もまた、消費や投資を増やすことができる。
デフレなのに財政支出を抑制
有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。
記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!
初回登録は初月300円
月額プラン
1ヶ月更新
1,200円/月
初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。
年額プラン
10,800円一括払い・1年更新
900円/月
1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き
有料会員になると…
日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!
- 最新記事が発売前に読める
- 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
- 編集長による記事解説ニュースレターを配信
- 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
- 電子版オリジナル記事が読める
source : 文藝春秋 2020年12月号