コロナ病棟「家族ケアチーム」の奇跡

コロナ死「さよなら」なき別れ 後編

柳田 邦男 ノンフィクション作家
ニュース 社会
「“最期の刻”に手を握りたい」その思いに現場が動いた──

<この記事のポイント>

●東京・中央区の聖路加国際病院では、患者と家族とのコミュニケーションを容易にするために、タブレットを40台すみやかに購入することに決めた
●川崎市の聖マリアンナ医科大学病院は、「家族ケアチーム」の立ち上げという画期的な取り組みを行った
●新型コロナと死で問われるべき問題は、一つひとつの別れをしっかりと見つめることではじめて見えてくる
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柳田氏

コロナ死の別れに一筋の光

 人生において最も大事な死への旅立ちの時に、家族が患者に寄り添い、手を握ってあげることも、互いに「ありがとう」「さよなら」と言葉を交わすこともできない。コロナ死が、そのような不条理な別れを強いることになるとは、医療者も一般人も予想していなかったことだろう。コロナ死は、死と死別について新たな課題を突きつけた。

 そのような中で、本誌先月号で報告したように、東京の永寿総合病院の緩和ケア病棟では、コロナ死ではないが、死が避けられなくなったがん患者の老婦人と面会規制のために自宅で待機せざるを得なかった夫とを、新しいコミュニケーション手段のタブレットでつなぐことによって、夫婦の孤立感と孤独感を和らげることができた。これは、不条理なコロナ死の場にも、一筋の光を射し込むことができる方法があることを示すものだった。

 実際、取材を進めると、コロナ死の場でも、そうした新しいコミュニケーション手段の利用によって、画面を介してとはいえ、患者と家族がお互いの顔を見て最後の会話をできるようにする取り組みが、一部の医療機関で実践されていることがわかった。その取り組みは、まだ標準化されたものではないが、さらに3つの医療機関を訪ねて取材した実践例から、患者・家族ケアのあり方を考察したい。

タブレット
 
タブレットでオンライン面会が可能に

日野原先生のスピリット

 まず、早くから積極的にコロナ患者を受け入れた聖路加国際病院における取り組みについて記す。

 東京・中央区の聖路加国際病院は、地下鉄サリン事件の経験を生かし非常災害時の救命救急医療体制を整えてはいたが、特定感染症指定病院ではないので、新型感染症に対応する病棟を準備していたわけではなかった。

 しかし、福井次矢病院長は、中国の武漢での未知の感染症が、年明け早々に新型コロナウイルスによるものだと公表されるや、《総合病院として日本国内での流行に備えないと大変なことになる》と判断した。そこで、感染症専門の資格を持つ医師・看護師に指示して、新型コロナの特徴や感染症防止対策のマニュアルを作らせて、1月9日には、院内のすべての部門に配布した。

 そして、早くも1月22日には、コロナ感染症の疑いのある武漢からの中国人旅行者を、最初に診断した他の病院からの移送で引き受けた。国内で2例目のコロナ感染者だった。このような判断の速やかさは、その後、コロナ感染が急に拡大し始めてからの、病院の柔軟な対応を容易にしていく。

 3月下旬になって、コロナ患者の入院者数が増え始めるや、3月25日には、集中治療室の8床すべてを、重症のコロナ患者の専用病床にした。さらに4月になると、増える軽症患者への対応策として、今度は一般病棟の一部を割いて約30床を軽症コロナ患者の専用とすることを決めた。それでも、人工呼吸器を扱うことのできるスタッフの人数は多くないので、重症患者を受け入れることができるのは、8人までで精一杯だった。

 聖路加国際病院でも、当初はコロナ患者への家族の面会は、全面的に禁止していた。

 しかし、コロナ患者対応の中心になっていた救急部救命救急センターの大谷典生医長によると、「家族からの強い要望もあって、見直したのです。《患者にとって大事なものは何か》という視点から、その方策を考えようということになったのです」という。

 もともと聖路加国際病院は、元病院長の日野原重明先生(故人)の掲げた「患者中心の医療」というスピリットが組織的に深く浸透していたから、そういう基本的な視点の転換はスタッフ間で容易に受け入れられたのだろう。

 大谷医長は、患者対応の基本的姿勢を、こう語る。

「感染を怖がって過剰な規制をするのでなく、正しい感染防止の管理をして、その中で患者・家族が切実に必要とすることを、しっかりと把握して対応していくことが必要です。医師は自ら責任を取る専門家です。何もしなければ医療者側は無難でしょうが、それでは何も生まれません」

聖路加国際病院
 
聖路加国際病院

「タブレット40台購入します」

 院内では、連日、福井院長の指揮するコロナ対策会議が開かれた。4月に入ってからの対策会議で、現場のスタッフが提案した。

「酸素マスクや人工呼吸器をつけていて声を出して会話をするのが困難な患者とコミュニケーションを取るには、タブレットを使ったコミュニケーションが有効と思いますので、タブレットを用意できないでしょうか。

 それに、タブレットで病室内と病室外をつなげば、直接面会できないで不安になっている家族と患者さんの会話が可能になります。患者・家族双方の不安を和らげ、ストレスを小さくすると思うのです」

 福井院長は、「それは大事なことです。すぐにタブレットを入れましょう」と答えた。何台くらいあればよいか、その場で現場のスタッフが検討した。重症患者が増えることが予想されることや、中程度の症状の患者でも呼吸が苦しくなる例があることなどを考えると、かなりの台数が必要だろうということになった。

「40台、速やかに購入しましょう」

 福井院長が決断を示した。

 福井院長は、コロナ患者の受け入れを決めた時から、「必要なものは何でも要求してほしい。緊急事態下では、患者ケアが第一だ。お金は後でどうにでもなる」と発言していた。まさにその考えによるタブレット購入の決断だった。このような非常事態下での組織のトップによるスピーディな「決断」は、極めて重要だ。

 このようにして、聖路加国際病院では、患者と家族とのコミュニケーションを、タブレットの導入で容易にするとともに、事情によっては、家族に専門病棟(集中治療室)内に防護服を着せて入るのを許可するという柔軟な対応の枠組みをつくったのだった。

 聖路加国際病院では、8月初めまでに受け入れたコロナ患者(疑いを含む)は、累計で401人に達した。特に4月上旬から5月上旬にかけての約1か月間は、病床を占める入院患者が、毎日30人以上もいて、対応限界とされていた40人以上になった日が6日間もあった。そのような中で、患者と家族のコミュニケーションに、多数のタブレットがあったことが大いに役立った。

 人工呼吸器を使うほど重症化した患者は夏までに計20人を数えたが、高齢で基礎疾患のある患者が少なかったことや、懸命の治療の取り組みの効果があって、死亡に至った患者は2人に止まった。

重症患者の呟いた「もういいよ」

 亡くなった患者の一人・Mさん(男性)の経過を書かせて頂く。緊急入院してからわずか十数時間のいのちだった。だが、人生の物語の最終章というべきその十数時間は極端に短かったとはいえ、そこには人間が生涯を閉じる時に、旅立つ者にとっても、残される者にとっても、何が大事であり、壊されてならないものは何なのかを、感動的に気づかせてくれるものがあった。

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source : 文藝春秋 2020年12月号

genre : ニュース 社会