21世紀も4分の1を過ぎた今、川路重之の名を知る読者はごくわずかなのかもしれない。そしておそらくその状況は、半世紀さかのぼってみても似たようなもので、しかもそのわずかでおぼろな記憶にとっても、この作家は“過去の人”であり、あるいはまたもしかしたら児童文学界の人であるのかもしれない。
しかし川路重之は、2年まえに83歳で他界したばかりなのだからまさに現代の作家であるし、たまさかに初めて発表できたのが「山太郎」(1963)という作品で、それが思いがけず絵本や学童向けラジオ番組によって広まったなどのいきさつがあったとしても、べつに特定の年齢層に向けての仕事をするつもりではなく、だいたいそのころ作者はまだ学生身分だったのだから、並行して第17次新思潮の同人となり、「夏織(なつおり)」(1964)「ほろろ蝶」(1966)と、独特の書法の作品を創り継いでいく“未来の人”なのだった。
マラルメや西脇順三郎、バタイユや宮沢賢治を愛好した川路重之は、当時の文壇の主流であったような小説には全くなじめないままに、新たな虚構散文の構築を追究していく。だがその成果は、進展深化すればするほど発表の場からは遠ざかり、孤立していった。どうやらそのありようは、読む者の視野をはみだしたあたりへと姿を晦ましてしまうらしい。
そうした長い年月ののち、このたび『川路重之作品選集』(文藝春秋企画出版部)の編者として、改めてその作品群を世に送り出せることとなった。

この一書が、消失にあらがう確かな拠点となることを信じようと思う。さらに、ここから踏み出してさきざきを活きつづけるために、これらの作品をぜひ今によみがえらせたいと希う熱心な読み手と、くりかえし出遭いなおしていけることを信じようと思う。もとよりその個個の作品自体にそれだけの魅力と強運とがそなわっていることは、60年来の友人であった編者の変わらぬ誇りである。
選集には、19歳からの長短20篇をほぼ執筆順に並べた。うち半数の10篇は、作者30代にかろうじて刊行された2冊の自選集にも収録されていたもので、たぶん最充実期の作「横舟」「焚(や)かれた女」「杞伊の話」などをふくむ。また残りのさらに半数は今回初めて見つけた手書き稿から拾ったもので、「樽の中」「石の皮」「砂っぽいエデン」などをふくむ。
巻末には“著作年譜兼編者あとがき”を付した。著作としたのは、作品以外の論文・エッセイ・書評の類も最少限の情報は記録することにしたからで、逆に、書きもの以外の経歴すなわち住所の変転や短期の職、親族の生没などは、日頃の意向に従い、全く触れなかった。兼あとがきというのも妙な言いかただが、作品を仕上げることと出版することとが連動しなかったこの作家の場合、明快な箇条書きとはならないかわり、むしろ制作歴全体をたどるひとつながりの文にまとめたかったからだ。
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