2019年/令和元年に発生した茨城一家殺傷事件では、ネット上で、容疑者の近所に住む同姓の市議会議員に関して「容疑者の親戚だ」というデマが拡散し、本人や家族のもとにいたずら電話や中傷メールが殺到したという。『令和元年のテロリズム』を上梓したライターの磯部涼さんは、「陰惨な事件が次から次へと消費されていく中で、私たちもまた無自覚なテロリストになりかねないのだ」と綴る。
【選んだニュース】「容疑者の親戚」デマ拡散 同姓の市議「怖い時代に」(5月24日、朝日新聞デジタル/筆者=吉沢英将)
磯部涼さん (C)新潮社
5月7日、埼玉県三郷市に住む26歳の無職の男が、縁も所縁もないと思われる茨城県境町の家族4人を殺傷した容疑で逮捕されたことが大きな話題となった。男は容疑を否認、警察もまだ決定的な証拠を掴んでいないと見られるため、推測は控える。ここで書きたいのは、逮捕のニュースを聞いた時にその殺傷事件が起きたのが令和元年(2019年)と知って、はっとしたことだ。筆者は今年3月に『令和元年のテロリズム』(新潮社)という、同年に発生した陰惨な事件を追ったノンフィクションを上梓したばかりだった。
現在も先が見えない新型コロナウイルス禍によって記憶が薄れつつあるかもしれないが、2019年は改元直後から陰惨な事件が立て続けに発生した。5月28日の川崎殺傷事件、6月1日の元農林水産省事務次官長男殺害事件、7月18日の京都アニメーション放火殺傷事件。そしてそれらに比べると不明な点が多かったため当時はそこまで報道されておらず、拙著でも取り上げていないが、9月23日には件(くだん)の茨城一家殺傷事件があった。
もちろん、悲しいことに陰惨な事件は常に起こり続けているし、2019年が特別だったわけではない。ただ、改元という日本社会がリスタートするためのある種の儀式を観測点として、その年に起こった陰惨な事件を検証することで、この国が抱えている問題とこれからの課題が象徴的に捉えられるのではないか。
先に挙げた2019年/令和元年に発生した事件が提起したのは社会の高齢化であり、発達障害や精神疾患、経済格差の問題であった。もしくは、犯人たちは平成時代を通して先送りにされ続けてきた問題が限界に達しようとしていることを、犯罪という形をとって社会に突きつけたと言える。それは広義のテロリズムと定義できるのではないかというのが拙著の趣旨だ。川崎殺傷事件の51歳の犯人は20年以上引きこもった末に、その面倒を見ていた伯父夫婦が介護施設への入居を検討しているタイミングで事件を起こした。引きこもりと事件とを安易に結びつけるべきではないが、犯人や伯父夫婦のように引きこもり当事者と介助者が高齢化の中で追い込まれる状況は8050問題として、事件をきっかけに活発に議論されるようになった。
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source : 文藝春秋 2021年8月号