news zeroメインキャスターの有働さんが“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストは、演出家の宮本亞門さんです。
宮本さん(左)と有働さん
現実に蓋をせず、楽しいだけではない舞台を作りたい
有働 亞門さんの後ろに並んでいるのは、アンティークですか?
宮本 僕は仏像が好きなので、カンボジアで買い求めたものとか、アンティーク喫茶で見つけたマリア像とかを飾っています。気に入るとつい買っちゃうんですよね。
有働 すごく素敵です。きょうはオンラインでの対談ですが、亞門さんはご自宅から?
宮本 はい。有働さんもご自宅ですか? 本がきちんとサイズ別に並べられていてすごいな。
有働 同じく自宅です。亞門さんの新刊『上を向いて生きる』もこれからこの本棚に入ります(笑)。
宮本 それは光栄です。
有働 最後に直接お会いしたのは4年ほど前ですね。あれから亞門さんは前立腺がんの手術をされ、昨秋には本を出版されて。コロナで演劇や舞台もいろいろと制限されていますが、今はどういう生活をしていらっしゃるんですか。
宮本 ヨーロッパでのオペラがいくつかキャンセルになって、家にいる時間が増えました。4、5年前からニューヨークで新作の準備を始めていて、ニューヨークに部屋も買ったのですが、今は人に貸していて。普段は、愛犬のビートを連れてなるべく散歩をしています。長い時は1日2万歩くらい。
有働 2万歩も? ビート君は大丈夫ですか。
宮本 疲れ切ってます。遠くまで行きすぎた時は、抱きかかえて帰ります。何のための散歩なのか(笑)。
有働 犬の話から始まって申し訳ないですが、私も飼っているんです。最初に飼ったトイプードルのメスを避妊手術しようと動物病院に行ったら、先生から「動物の出産を1回見てください」と言われて、それもそうかと。その子が家で出産して、生まれた1匹を手放せずに手元に置いて、2匹います。今は隣の部屋に。
宮本 自宅で出産ということは、獣医さんが家に来て?
有働 獣医さんに「連れてきて」と言われた時にはもう破水が始まっちゃって。床を血だらけにしてなんとか出産し、最後の処置だけ動物病院へ行きました。
宮本 貴重な経験できましたねー。羨ましいな。
忘れがたい母の言葉
有働 大変でしたけど楽しかったのと、それまでは人間とペットという意識だったのが、出産を見てからは完全に仲間になりました(遠くで「ワン!」)。
宮本 あ、返事してますね(笑)。
僕は結婚していないし子どももいないから、周りの友人に「出産に立ち会わせて」と言っているんだけど、タイミングが合わなくて。できるなら自分が産めればいいんだけど、まだ男だからね(笑)。僕は21歳の時に母を亡くしたのですが、生前、「演出家になりたいんだったら、全部を目に焼きつけなさい」って言われていたし。
有働 全部を目に焼きつける?
宮本 つまり、あらゆる人間のさまを全部目に焼きつけろと。「私が死ぬ時も泣かずに全部見ておきなさい。目を背けちゃダメよ」と何気なく言われた時には聞き流していたんだけど。母は昔、松竹歌劇団のレビューガールをやっていて、演出家になりたいという僕の夢を応援してくれていました。だから母の言葉通り、人間の誕生も死も、美しい場面も恐ろしく醜い場面も、全部知りたい。受け止められるかは別として、できるだけ自分の目で見て、考えていきたい。でも飛行機が揺れるとギャーッとなりますけど(笑)。
有働 そこは怖いんですね(笑)。私、この仕事を始めた頃はそれこそ殺人現場でも犯人でも何もかも知りたいと思っていたんです。だから当時、上司の奥様が「50代くらいになると、もう悲しくなるものは見たくない。気持ちが明るくなるものを見たい」と言っていたのも、よく分かりませんでした。でも、私も毎日ニュースを伝えていると、キレイか汚いかさえジャッジできないことばかりで、私もあと何年かしたら同じ心境になるかも……と考えるようになっちゃいました。
宮本 キャスターは大変な仕事ですもんね。コロナ禍、特に五輪に関する発言が混沌としていて、「この人はこう言ってるけど、本心は?」とか考えながらニュースを見ていると、僕でも疲れますよ。
発言することは「損」?
有働 東京五輪のことで言うと、亞門さんは、3月に「真相報道バンキシャ!」で「日本から中止する意思を表明するべき」とキッパリ発言されていましたね。みな自分の意見を言いたくても「発言すると損をするんじゃないか」と何も言えなくなっている中、報道番組でご発言されたのは、どうしてですか。
宮本 まず、こちらから質問していいですか? 「発言すると損」というのは、発言すると、どういうことが起きると思います?
有働 今はSNSもありますし、話した人の意思がリスペクトされないまま言葉を切り取られて、開催賛成派からはバッシングされ、反対派からは都合よく利用されてしまいますよね。自粛疲れで、世の中のみんなが叩く先を探していることもあって、発言した人が損をしてしまうんじゃないか、と思っていました。
宮本 なるほど。でも、そもそもどんな人でも、わずか2分のコメントを視聴者全員に同じように理解させるのは無理だと思います。環境も生き方も違う。だからと言って、黙ってると暗黙の了解として受け取られる。だから、反応を気にせず、投げかけることが大事だと思ってはいかがですか? 僕はがんサバイバーになってから、言いたいことを言わないと、後悔すると思いました。人間は生きている時間が本当に短い。せっかく喋らせてもらう機会があるなら、本心を言った方が良いと思いません? ですから、あの発言も僕という一国民としての本心です。
有働 そうかー。亞門さんには自分が損をするから守りに入ろうという考えが微塵もないんだな。
「言いたいことを言えばいい」
宮本 炎上覚悟でした。でも僕が自分の思ったことを言ってしまうのは、今に始まったことではなくて。ちょっと昔の話ですが……。
有働 どうぞ、どうぞ。
宮本 小泉純一郎さんが首相だった頃、僕のブロードウェイ公演を応援する会に来てくれたことがありました。小泉さんは「宮本君を応援しよう!」と力強く挨拶をしてくれました。でもその後、僕の耳元で「ところで、君は何をしているの?」って聞くんです。
有働 亞門さんが演出家だと知らなかったのかな(笑)。
宮本 僕はそのあまりの正直さに、かえって素敵な人だなと思いました。そこから親しくさせていただき、しばらくして「自民党大会で国民代表として喋ってくれよ」と頼まれたんです。「僕でいいんですか。国民の中でも、特に変わり種ですよ」と何回も念押ししたんですが、「それがいいんだよ」と。で、当日を迎えて、僕が何を話したかというと、「辺野古埋め立て反対です」。
有働 埋め立てを決めた人たちの前で!?
宮本 そう。僕が住んでいた沖縄の家の前は以前、埋め立ての予定が中止になった海だったので。偶然、党大会の前に、小泉孝太郎さんがテレビ収録で家に来られて、海の環境保全の話で盛り上がったんです。だから、党大会でも「美しい沖縄の海を、埋め立てする必要はないと思います」と言いました。そうしたら、あちこちから「何言ってるんだお前は!」と罵声が飛んできた。国会のヤジみたいでした。終了後、小泉さんに「怒鳴ってましたけど大丈夫ですか?」と聞いたら、「いいんだよ。君が一番言いたいことを言えばいい」と。
有働 お~。小泉さんみたいに、聞く側にも度量があれば……。
宮本 僕の場を読まない発言は、そんなところから始まったんです。僕は東京五輪に向けてのキックオフイベントもやりましたけど、昔からオリンピックが大好きで、古代オリンピックの開催地だったギリシャのオリンピアにも行ったことがあるんですよ。
有働 私も行きましたが、あんな遠いところまで。どうでした?
宮本 戦争を中断して敵同士が身体一つで向かい合ったオリンピック精神は素晴らしいと感じたし、それこそ世界で唯一の平和の祭典で、人類の希望だと。今回の東京五輪もそんな原点を大切にしてほしいという気持ちがありました。オリンピックは本来、人知を超えるアスリートを皆で讃え、喜びと興奮と誰もが今を生きている素晴らしさを分かち合うものだと思っていた。もちろん財政的にも色々な事情はあるでしょう。でも度を越したら、本末転倒になります。ギリギリまで理想に挑戦した結果であってほしい。
小泉氏
演劇界の「休憩時間」
有働 演劇やエンタメの世界でも、亞門さんのように政治や社会に発信していくべきですか。それともやりたい人がやればいい?
宮本 人の数だけ、違う表現があります。だから、アートもエンタメも色々あっていい。疲れた心には現実を忘れる娯楽も必要ですしね。コロナがあって、「亞門さんは明るいミュージカルを」という声も頂きましたが、僕は『ウエスト・サイド・ストーリー』や『サウンド・オブ・ミュージック』のように楽しめるだけでなく、当時の社会や政治の問題点が描かれ、それでも登場人物が希望を持とうとする作品に心惹かれるんです。
有働 確かに。『ウエスト・サイド・ストーリー』はニューヨークの格差社会の恋ですし、『サウンド・オブ・ミュージック』はナチス占領下のオーストリアが舞台ですもんね。
宮本 ミュージカルは、社会や時代を映し、「人間は何を大切に生きていけば幸せになれるのか」と問いかける作品も多い。僕はそんなミュージカルが好きで舞台を作ってきました。だから、コロナで演劇は不要不急だと言われても、僕には全く響かない。「そう思っちゃう人もいるんだな~」ぐらい。演劇は物語を通して、「こんな考え方もあるのか」とか「私が言いたいことを言ってくれた」とか、心を解きほぐし、解放させていく力を持っている。古代から演劇が続いているのにはそんな力があるからです。
有働 しかし演劇や芝居も一時は上演すらままならず、大変な試練でしたよね。
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source : 文藝春秋 2021年8月号