news zeroメインキャスターの有働さんが“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストは、棋士の羽生善治さんです。
羽生さんと有働キャスター
レジェンドが「令和の将棋界」を語り尽くした
有働 前回お会いした時は、椿山荘でオセロをしながらインタビューをさせていただいて。
羽生 そうでしたね。
有働 私が緊張していて、ズルして2回続けて打って。
羽生 ああ(笑)。話をしながらだとどちらの順番だかわからなくなって、私も全く気づきませんでした。
有働 見過ごしていただいてすみませんでした(笑)。
羽生 いえいえ、とんでもない。
有働 今日もいろいろ伺おうと楽しみにしていました。最初に、今年5月から芸能事務所のトップコートと契約されましたが、どういう理由なんでしょうか。
羽生 今まで対局以外のお仕事は個人で受ける場合と将棋連盟が受けるケースがあったんですが、それだけだと対応するのが難しいケースも出てきているので、専門的な知識のある芸能事務所にお願いしたということです。
有働 CMの数が増えたり、いろんな番組に呼ばれたり……? でもそれは前々からですよね。
羽生 私個人で対応できる範囲の時はそれで良かったんですけれども、細かい取り決めなどをしなければいけないケースなど、先方が困ることもあるみたいで。
有働 困ること、ですか?
羽生 仕事の依頼に私が直接返事をすると「えっ、ご本人ですか」と困惑されるケースが結構ありまして。事務所に間に入っていただいた方が円滑に話を進められるということですね。
菅田将暉の後輩に
有働 デビュー以来、将棋以外のイベントやCM、テレビ出演などたくさんあったと思うんですけど、全部ご自分で、それこそギャラ交渉もされていたんですか!?
羽生 自分でやったり、将棋関係なら基本的に将棋連盟が窓口になったりと、ケースバイケースで対応してきたんです。そういう対応をするのは嫌いではないので。
有働 えー!!
羽生 面倒くさい、しんどいとは思わないので、何とかやってこれました。あと、棋士の生活スタイルには独特な面があり人に任せにくいのも理由の一つです。タイトル戦以外の対局は、2週間前までに通知すればいいというルールがあるんです。逆に言うと2週間前まで日程が決まらないケースがある。だからといって、1カ月、3カ月先または1年先の依頼に対して、杓子定規に「日程がわからないからダメです」とお断りしたくない。自分の長年の体感で「これなら入れられそう」といった判断もあるので、人に任せきれなかった面があります。
有働 企画書を送ると、羽生さん本人から直接返事が来ていたわけですよね? テレビのディレクターたちもビックリしていたでしょうね。
ちなみに、同じ事務所の俳優・菅田将暉さんが、ラジオで「羽生さんが後輩になった」と触れていました。事務所の通例では、後輩は呼び捨てか、名字を逆にして菅田さんなら「ダースー」と呼ばれる。なので、羽生さんのことも「羽生」か「ブーハー」と呼ぶ、と。
羽生 言及していただいてありがたいです(笑)。
有働 20代の菅田さんに「ブーハー」と呼ばれても……。
羽生 大丈夫、問題ないです(笑)。先輩ですので。実は菅田さんも少し気にされたようで、事務所を通じて「あんなことを言って大丈夫でしたか」と連絡がありました。
有働 ラジオのノリで口にしたものの「しまった、あの羽生さんをブーハー呼ばわりしちゃった!」と思ったのかな(笑)。羽生さんが親しみやすい方だからですね。最近はインスタグラムもなさっていますよね。最初の投稿が「将棋男子の日常をお伝え出来たら」というものでしたが、SNSを始めるきっかけは何かあったんでしょうか。
羽生 将棋ファン以外の方にも興味・関心を持ってもらえたらいいなと思って始めました。将棋ファンと、インスタを見る人の層はだいぶ違いますから。でもなかなか難しいですね。その辺のセンスがあまりないものですから……。有働さん、どういう投稿がうけると思いますか?
有働 ウサギのれもんちゃんをかわいがる羽生さんの姿はキュンキュンでした。
羽生 やっぱり動物の力を借りていくしかないですかね~(笑)。
有働 もちろん羽生さんあってこそです(笑)。でも、なぜウサギを飼い始めたんですか。
羽生 家内がすごく動物好きなんです。最初に飼ったウサギはもう死んでしまいましたが、今は2代目で2羽います。
ギラギラした気持ちを
有働 そうでしたか。ウサギの力も借りつつ、他には「公園をボーッと歩くのが好き」という散歩の動画なども新鮮でしたよ。
過去の対談で羽生さんに勝敗のことばかり聞いてきましたが、そのたびに「勝つことより将棋をもっと深く知りたい」「もっと強くなりたい」というお答えばかりで。正直言うと、その真意がよくわからなかったんです。でも映画『王将』を観て、やっと腑に落ちた気がします。
羽生 わざわざ観ていただきありがとうございます。
有働 阪東妻三郎さん演じる坂田三吉が対局で劣勢に立たされながら王道ではない1手で勝ち、娘に「棋士としてそれでいいのか」と咎められて反省する……このシーンにハッとしました。勝つことより大事なものとはこういうことかと。間接的に理解できました。今の羽生さんにとって「勝つこと」は、きれいごと抜きにどのくらい重要なのでしょうか。
羽生 いい結果が出ればもちろん嬉しいですし、勝ちたい気持ちがなくなってしまうのはまずいですよね。ただ一方で、勝ちたいと強く思うと勝てなくなるのも事実。肩に力が入りすぎると、持っている力を発揮しきれない。だから、本当に勝ちたいのだったら、勝ちにあまりこだわらない方がいい。こんな矛盾することを心がけてきました。
有働 ほぉ~。
羽生 特に若い時期は、経験が少ない頃は勝ちたい気持ちが強いので、それをいかに抑えるかが大事です。年齢が上がってくると、今度は必要以上に淡々として、勝ちに執着しなくなってしまう。だから今は、どんどん前に進むようなギラギラした気持ちを持った方がいいかなと思ったりしています。
「銀が泣いている」
有働 勝負事って、スポーツでも「最後は気持ち。勝利への執着心が勝たせてくれる」ってよく言いますよね。将棋はそんな単純な話ではないと。
羽生 もちろん執念も大事です。けれど、じゃあお互いにそれを持っていたらどうなるのか、というところもある。執着心とか固執するだけではダメなのかなと思います。
有働 そこのいい塩梅は、経験によってコントロールできるようになるのですか。
羽生 その逆で、年々難しくなるものだと感じています。何も考えず、とにかくまっすぐ突っ走れる強さというのは間違いなくあります。経験を積んで多くを知れば知るほど、葛藤する要素も増えて、リスクや不安、恐怖とも戦わないといけない。それをいかに克服できるかですね。
有働 なるほど、経験とともに戦うべきものも増えると……。
羽生 先ほど『王将』の話が出たので、参考になりそうな坂田先生の逸話を2つ紹介します。一つは、関根金次郎名人との対局で、坂田先生は作戦を失敗して、銀が端っこに追いやられてしまいました。坂田先生はそれを見て「銀が泣いている」と言った。一つの駒に対しても感情移入するような将棋を指し、その思い入れで、最後は逆転勝ちしました。
有働 なるほど、先ほどの気持ちと執念で勝つパターンですね。
羽生 はい。もう一つ、坂田先生は、将棋の歴史で一番長い持ち時間の対局をした人なんです。現在のルールだと一人の持ち時間は最長9時間ですけど、坂田先生と木村義雄名人の対局は、1人30時間でした。
有働 そんなに!?
羽生 しかも舞台が真冬の京都という恐ろしい勝負で。将棋というよりほとんど修行というか(笑)。
有働 そうですよね(笑)。
羽生 坂田先生はその対局の最初に、端の歩を1個突きました。これは当時の棋士の常識では、誰が見てもダメな手だった。弟子が「先生、なぜ最初に損をする端を突いたんですか?」と聞いたら、坂田先生は「今にわかる」と。その時代の人にはわからないだろうけど、何十年も後世の人にはこの端歩の意味がわかるんだという言葉を残されたんです。
有働 壮大ですね。目の前の勝負だけを見ているわけではないと。
羽生 はい。坂田先生は、勝負への執着心があったことと、未来を予見して先取りすること、この2つの姿勢があったからこそ、非常に大きな功績を残されたわけです。これはもう80年以上前の話ですが、そこは今、AIが強くなったとしても、棋士の目指すべき姿として変わっていないところかなと思います。
進化するAI
AIは「楽観的」すぎる
有働 AIといえば、昨年末、羽生さんが投了した対局で、羽生さんが圧倒的に優勢だったとAIが評価したことがありましたよね。これってAIが「もうちょっと羽生さんが粘ったら勝てたでしょ」と示したように思えますけど。
羽生 この一件には「驚いた」というのが率直な感想です。ただ一方で、AIの評価って人間の目からすると常に楽観的すぎるんですね。
有働 楽観的とは?
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source : 文藝春秋 2021年9月号