“ハマり役”の役作りから大好きな共演者、撮影の舞台裏まですべてを明かす
草彅さん
流麗な振る舞いと孤高のオーラ
徳川慶喜がいいですね、とみなさんにおっしゃっていただくのですが、自分ではあまりよくわかっていなくて。でも、いい役どころをいただけてありがたいばかりです。
とにかく今は、17年ぶりに大河ドラマに出演できて楽しいんです。もちろん緊張感もありますが、いろんな経験をさせていただいています。初めて共演するかたもいらっしゃって、馬に乗ったり豪華な着物を着せていただいたり。大掛かりな舞台でお芝居するのが楽しいです。
大河ドラマ『青天を衝け』で主人公・渋沢栄一の主君となる徳川慶喜を演じる草彅剛(47)。その流麗な振る舞いと孤高のオーラが慶喜そのもの、と大きな話題を呼んでいる。昨年公開された映画『ミッドナイトスワン』では日本アカデミー賞最優秀主演男優賞にも輝いた。
現場では日本舞踊家の橘芳慧先生に所作を指導いただいています。初めて知ることもたくさんあります。たとえば笏(しゃく)という細長い板を持つとき、相手に小指を見せてはいけないんですね。僕はそれを注意散漫に聞いていたんです。本番で歩いているときに「あっ、やばい。小指を相手に見せてはいけないんだ」と慌てて、小指を笏の裏へと少しずつ隠していったんです。最後にカットの声がかかった瞬間、芳慧先生が「あれっ、草彅くん。最初、指が一本多かったんじゃないの?」と指摘されて。「大丈夫です、先生。途中で隠しましたから。誰も気づかないですよ」と答えると、「そんなことないわよ! お尻ペンペンよ!」と叱咤される。毎回、温かく厳しくご指導いただいています(笑)。
言葉のイントネーションも微妙に難しいんですよ。たとえば抑揚を徐々に下げながら「そなたが」というと、「違います。『(抑揚を上げながら)そなたが』です」って。台詞がうまくいえないときは「しかたがない。違う言い回しに変えよう」ということもあります。
部屋の敷居をまたぐときは、左足から入って右足で出ないといけないとか、畳のへりを踏んでは駄目とか細かいルールがいっぱいあって、結構難しいです。「今のはカメラに映っていなくて見えないからいいんじゃないかな?」と僕は思うのだけれど、先生はしっかりとチェックされていて、「あ、踏んだ!」とおっしゃる。「いやいや、撮っているのは上半身だから。下は映ってないからいいじゃないですか」と答えても、「はぁ~」とがっかりされて(笑)。だから「これ、踏んではいけないんだ」とか、いつも何かを意識しながら演じている。撮る位置に関係なく、全身くまなく気を遣っています。
天子様とか、慶喜よりも位の高い人がいる部屋に入るときの所作も決められていて、腰を少しかがめて入るんですよ。僕は覚えがよくて結構すぐにできたりもするのですが(笑)、間違えそうになるとここでも「あっ!」と声が聞こえる。そのときは集中してパパッと対応しています。
でも、どれも初めての経験だから楽しんでいます。みなさんのお怒りを買わないようにしながら(笑)。
作法のいっぱいある現場ですが、それは高貴なものが日本に存在していた証ですよね。現代の感覚とは全く違う。服装もそうだし。その違いがあってこそ、やっぱりこれが時代劇かなと思っています。
慶喜の洋装姿に「新しもの好きな点は僕と似ている」
台本は読み込まない
今回の大河ドラマには複数の監督(演出)がいらっしゃいます。1話ごとにそれぞれの監督の熱意がすごく伝わってくる作りで、いろんなエピソードが込められている。監督の気持ちを感じると、僕のなかで慶喜の気持ちが盛り上がっていきます。監督の熱量に自然と僕も熱くなって、慶喜を演じられているんです。監督の気持ちに触れて、応えていくような感覚かな。
だから、台本は読み込んでいません。監督の温度を感じとることが一番大切。これは慶喜にとって大変なことが起きているなとか、熱くなっているなとか、反対に冷めているのかなとか、監督のイメージをつかむ。僕自身は演技について細かいことはよく分からないし、演技プランも作り込んでいません。
撮影では毎回、最高の舞台が用意されているんです。スタジオへ入ると慶喜へと変わる準備に結構、時間がかかります。お着物を着て、かつらもつけるとなると1時間以上はかかる。でも終わるころには照明がばっちり決められていて、スムースなカメラワークもスタンバイされて、お膳立ていただいた晴れの舞台が作られているんです。共演者のかたやスタッフのみなさんと事前にミーティングの必要もないくらい、すべてが僕のために仕上げられているんです。
そうなると、僕はカメレオンのように変化しますからね。自然と環境に染まって、求められる役になれるんです。若いころからいつもそういう感じでした。歌手としてでも役者としてでも、よくも悪くもすぐ感化されるというか。おだてられたときなんかは、すぐ調子に乗って「いいんじゃないの? いいんじゃないの?」みたいな(笑)。そんないい加減さも、この仕事ではプラスに働いているのかもしれません。
僕は歌手としてとか、役者としてとか、職種を意識しながら仕事をしていません。お芝居の練習や、歌唱法の特別なレッスンも受けたことはありません。歌を歌いながらバラエティ番組にも出演していて、もともとがいろいろとごちゃ混ぜにして続けてきたから。
反対に、それが自分の強みでもあると思っています。歌を歌っているのか、お芝居をやっているのか、いったい何なんだろうと感じることもありますが、でもいろいろ混じっているからいいんじゃないかな、と。
そもそもお芝居には正解がないですから。あんまり難しく考えないで演じることを楽しんでいます。
大事なのは僕の元気
撮影は、朝の9時から夜中まで続くこともあります。あっ、これは文句ではないですよ(笑)。丁寧に丁寧に、丁寧を重ねて撮っています。いい作品を作り上げているのだから仕方のないことです。といいながら、終わったら、僕はその瞬間に走って帰りますけどね(笑)。それでもみんなで作り上げていく過程はすごく楽しい。一瞬一瞬を逃さないように、チーム全員が一丸となって撮影が進んでいます。
台本があっても現場の雰囲気で台詞や方向性が変わることもあるし、もう、みんなで一生懸命に作り上げている。いかにいい人間ドラマを描けるか。やっぱりそこに全員一人ひとりの思いがあって。作る人も演じる人も僕も、それだけを考えてやっています。
だからこそ、もっとも大事なのは僕の元気。早朝からの撮影でも、現場はスタッフみんなの活気があふれていて、撮る気満々なんですよ。そこに僕が「眠いよ~」といったていたらくでいると、その場の雰囲気に合うお芝居はできません。
とにかく元気でいること、そのための体調管理が大切。もう、それだけ。それさえあれば、あとは現場でやるしかない。細かいことはいっていられない。めいっぱいみんなの力を借りて、すべて受け入れられる自分でいよう、そんな心がけです。
甲冑が一番やばい
元気でいるために、毎日20分ぐらいの運動を心がけています。YouTubeで検索したらトレーニングの動画がたくさん出てくるでしょ。腹筋やエクササイズを公開している人が次々と出てくる。これが好きで、今ハマっています。動画を見ながら自宅でできるし、いろんな方法を試せるのもいいですね。
慶喜の衣装はかなり重くて、着るときは全身の筋肉を使っています。着物の下は補整でぐるぐる巻きにされていて、刀も差すでしょう。着物だけでも重いのに、刀が数本加わるとさらにずっしり。たまに正装することもありますが、黒い束帯も結構、重くて。
でも、それ以上に甲冑かな。半端ない重量で、あれは本当にやばい。筋力がないまま甲冑スタイルで馬に乗ったら、体幹がぶれて落馬してしまう。乗馬も「よーい、スタート」と撮影が始まったら誰も助けてくれないし。しかも、すぐに着脱できないんです。楽屋に戻っても、そのままの格好で横にもなれない。固められたまま休憩(笑)。だから、なおさら鍛えておかないと無理。腹筋を割ってモテたいとか、もうそういう気持ちはまったくありません(笑)。自分の危機管理のため、健康維持のためのトレーニングです。
映画『ミッドナイトスワン』でトランスジェンダーの凪沙(なぎさ)を演じたときも、外見は女性役だったけれど筋力は落とさないようにしていました。役者として、まず動ける体であることが大前提だから。
僕は演じる役によって何かを変えるとか、細かいことはしません。いつも毎日、軽い運動をするだけ。それが僕にとっては一番の役作りでもあるんです。
最初は何を考えているかわからない慶喜だったけれども、将軍になると、自分の考えをどんどん押し出していきます。竹中直人さんが演じられた父・徳川斉昭から将軍職を勧められてはねつけたときは、慶喜が何を考えているのか共感しづらかったですが、自分の進む方向が定まってくると本領を発揮していきます。力強い慶喜を演じるためにも、体づくりは肝心ですね。
僕と慶喜の似ているところ? 何かあるかな。そういえば慶喜は新しいものが好きだったり、海外のものに関心を持ったりしています。その点は同じかもしれない。僕もアメリカや外国のカルチャーが好きだし。デニムもそう。慶喜はスーツや軍服を着たり、当時はフォトガラフィと呼んでいたカメラが趣味だったり。慶喜は今でいうデジタル志向なのかな。僕も新しいものが好きなほうだから、今後はそういう共通点も楽しめるかもしれません。
甲冑での乗馬はもっとも体力が必要
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source : 文藝春秋 2021年8月号