東條英機と石原莞爾 天皇陛下の好き嫌い

一ノ瀬 俊也 埼玉大学教授
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昭和陸軍を代表する軍人の東條英機(1884〜1948)と石原莞爾(1889〜1949)。『東條英機 「独裁者」を演じた男』(文春新書)の著者、一ノ瀬俊也・埼玉大学教授が、最新史料を基に、対照的な二人の人物像を浮き彫りにする。

 石原莞爾と東條英機は、それぞれ1889(明治22)年と1884年に生まれ、陸軍幼年学校、士官学校、大学校を経てドイツ駐在、中央勤務という陸軍のエリートコースを歩んだ軍人である。二人は昭和陸軍のキーパーソンとしてさまざまな場面で比較されてきたが、そこでの東條への評価はおおむね低い。世界最終戦争という壮大な展望を持つ石原に対して東條は視野が狭く、およそ一国の指導者たり得るものではない、というのが一般的であろう。石原が東條を評して述べたとされる「上等兵」という言葉はよく知られ、そのまま戦後日本社会における東條への評価ともなってきた。

石原莞爾 ©時事通信社

 だが、いつの時代のどの人物についても、多様な評価が存在するものだ。東條の方でも、石原のことを「着想は良いが、現実に即しておらぬ。現実に即しない理想は足が地に付いてゐないのであるから、国民を率いてゆく政治にはならない」と厳しく批判していた(『東條内閣総理大臣機密記録』)。いくら理想を語ったところで実行できないなら意味がない、というのだ。

 石原の「理想」論については、陸軍軍人として戦車の運用法を研究していた閑院宮春仁王(かんいんのみやはるひとおう、戦後に閑院純仁に改名)も戦後、「大陸経綸の大抱負を述べるだけで、機甲問題などには触れてくれない」と回想している(『私の自叙伝』)。主に作戦畑を歩んできた石原は、大陸経営の理想は語っても、戦車の運用といった細かい点にはあまり興味がなかったようだ。対する東條はもともと陸軍省育ちで1938(昭和13)年から40年にかけて陸軍航空総監を務め、陸軍航空戦力の運用法改善に注力した。こうみると、二人のあいだには軍官僚としての実務能力にかなりの差があるように思える。

東條英機 ©時事通信社

 その東條を高く評価していたのが昭和天皇である。敗戦直後に侍従次長を務めていた木下道雄の『側近日誌』ですでに知られているように、天皇は東條に対し「彼程朕(ちん)の意見を直(ただ)ちに実行に移したものはない」と敗戦後も変わらぬ信頼を寄せていた。一方で、石原への評価は低い。天皇は『昭和天皇独白録』で「一体石原といふ人間はどんな人間なのか、よく判らない、満洲事件の張本人であり乍(なが)らこの時の[二・二六事件で反乱軍の鎮圧を進言した]態度は正当なものであつた」と述べている。生真面目であるべき秩序からの逸脱を嫌う天皇にとって、満州事変時の石原の独走というべき振る舞いには許しがたいものがあったのだろう([ ]内は筆者補記。以下同)。

 最近公表された初代宮内庁長官・田島道治の『昭和天皇拝謁記』(全7巻、岩波書店)にも、天皇が二人に抱いていた印象の違いがわかる発言が複数残されている。たとえば1949年2月10日、天皇は東京裁判で米国検事側の証人として陸軍の内情を暴露していた田中隆吉・元陸軍少将にふれ、田島に「田中は石原莞爾位の人か」と問い、田島は「未(いま)だ面識もありませぬが、石原は田中以上の人物のやうに存じます」と答えている。石原に対する天皇の「人物」評価は極めて低く、田島がいくらなんでも田中よりはマシであろう、とフォローしたほどであった。

 一方、東條に対する天皇の評価は『拝謁記』でも高い。この新史料で天皇が東條のどこを高く買っていたのかがさらに明確になった。1951年12月25日、天皇は「東条といふのは北部印度支那(インドシナ)進駐事件の時司令官以下を罰したし、金枝玉葉〔天皇とその一族・子孫〕すらとてもどうする事も出来なかつた時代に、近衛兵のボヤ事件で時の第一旅団長賀陽さん[賀陽宮恒憲王(かやのみやつねのりおう)、正しくは近衛混成旅団長]を矢張り処分した事」を挙げ、「私のいふ事はきいてくれるかと思ひ、又話も分り実行するといふ期侍で[首相任命を]やつた事だが結果はあの通りとなつて了(しま)つた」と回顧している。

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source : 文藝春秋 2024年8月号

genre : ライフ 皇室 昭和史 ライフスタイル 歴史