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「派閥を作って好きな人間だけ出世」サントリー新浪社長が「昭和陸軍」の人事を読み解く

編集部日記 vol.20

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「いまの時代もそうですが、好き嫌いで人事を決めるのは、結局のところ、自分が可愛いから。私も経営者ですから気持ちは分かります」

 この言葉を聞いて、「なるほど」と、思わず心の中で呻りました。

 この10月、昭和の陸軍のエリート軍人たちについて、大座談会「昭和陸軍に見る日本型エリート」を行いました。「いまさら昭和の軍人?」と思われる方もいるかもしれません。日本を敗戦へと導いた陸軍の問題点は、戦後、多くの方々によって指摘されてきました。ベストセラー『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(中公文庫)はその代表例です。

 しかし“過去の話”とは一概に言い切れません。いま日本の組織にも、派閥争いをし、名誉欲に駆られ、問題を起こすエリートは数多く存在しています。敗戦から80年ちかくが経った今も、日本のエリート層の行動様式は変わっていないのではないか。陸軍のエリートたちの人物像や、行動様式を分析することで、いつの時代も変わらぬ「日本型エリート」の“失敗の本質”を探りたい。昭和史研究家の保阪正康さんの、そんな問題意識から、この企画はスタートしました。

 集まって頂いたのは保阪さんを含めて全5名。永田鉄山や石原莞爾、武藤章など幾人もの陸軍軍人の研究をしてこられた名古屋大学名誉教授の川田稔さん。自衛隊の元陸将で千葉科学大学客員教授の山下裕貴さん。山下さんのお父様は旧陸軍将校でした。そして一橋ビジネススクール特任教授で、競争戦略を専門とする楠木建さん、サントリーホールディングス代表取締役社長の新浪剛史さんです。

新浪剛史氏 ©文藝春秋

 今回は、川田さんや山下さんのような専門家に加え、敢えて楠木さんや新浪さんのような経営の分野のスペシャリストの方々に加わって頂いたのは、昭和の陸軍について、「組織」という観点から見るとどうだったのかを伺いたかったからです。

 冒頭の発言は、新浪さんの、東條英機についてのコメントです。東條は官僚としては真面目で有能だった面があると言われていますが、組織のトップとして、個人的な“好き・嫌い”で人事権を振りかざした人としても知られています。石原、山下奉文、武藤章など、自分と意見が対立した者は容赦なく左遷しました。一方、牟田口廉也、服部卓四郎、辻政信など、お気に入りの部下は、失敗してもなぜか許されていました。

東條英機 ©時事通信社

 そんな情実人事をしてしまう東條の心理について、現役の経営者である新浪さんは、こう続けました。

「嫌われるのは嫌ですし、左遷すれば恨まれる。だから、派閥を作って好きな人間だけを出世させてしまう。一方、可愛がられている子分も、失敗しても切られないと知っているから、好き放題やってしまう。それでは組織が成り立ちません」

 実際に人事権を持ち、大組織を運営している実体験に基づくからこそ、言える言葉です。保阪さんの『東條英機と天皇の時代』(ちくま文庫)を読んで東條に興味を持ったという楠木さんも、彼の人事について、こう指摘しました。

「陸軍は戦いに勝つことが目的です。その手段のための人事なのに、東條の場合は手段が目的化してしまっていた。それでは組織が上手く回るはずはありません」

「真面目な軍官僚で、『悪玉』と一口には言えない。旧ジャニーズ事務所の上層部よりは、まともなトップかもしれません。しかし、軍隊という極めてシリアスな組織のトップや首相としては、東條は無能な人だったと言えるでしょう」

楠木建氏 ©文藝春秋

 今回の座談会で取り上げたのは、もちろん東條だけではありません。突出した才能を持ちながら軍の中央に残れなかった永田や石原、人事に翻弄された山下や武藤、陸軍幼年学校ではなく旧制中学出身で活躍した今村均、本間雅晴、栗林忠道、そして威勢の良い“行動派”の牟田口、服部、辻……。5人の論客が全26ページにわたって陸軍の失敗の本質を語りつくした、「昭和陸軍に見る日本型エリート」は、『文藝春秋』2023年12月号に掲載されています。

(編集部・柳原)

source : 文藝春秋 電子版オリジナル

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