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「シツイさん、かっこいいです……!」107歳の現役理容師さんへの取材で、思わず上げた黄色い歓声

編集部日記 vol.21

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 2023年10月16日、那須塩原駅でカメラマンの深野さんと合流し、レンタカーを1時間ほど走らせ向かった先は、栃木県と茨城県の県境にほど近い、那珂川町谷川集落。107歳(取材時は106歳)で現役の理容師として活躍される“スーパーおばあちゃん”に会いに行くためでした。

 女性の名は、箱石シツイさん。関東大震災、太平洋戦争、前々回の東京オリンピックを経験し、2020東京オリンピックでは105歳で聖火ランナーも務めた強者です。これまで数々のメディアに登場してきたシツイさんですから、過去の記事や本を読み漁り予習を万全にしつつも、取材者として先入観なく公平な眼で健康法を見極めよう。そう心に決めて臨みました。

「こんにちは~、文藝春秋です」

コタツで毎日新聞を読むシツイさん ©文藝春秋(撮影=深野未季)

 住居兼床屋の扉を開けると、目に入って来たのはコタツで寛ぐシツイさんの姿。

「どうぞ、お上がんなさい。ここへ、おかけになって。どうぞ、脚ながーくしてね。温かいですよ」
 
 玄関先で恐縮する我々を手招きし、コタツを勧めてくれるシツイさんのあたたかさ。思わず心を解され、田舎のおばあちゃんの家に遊びに来たような錯覚に陥ります。

「いかん、いかん」

 気を取り直し、一日の過ごし方や本日の昼食メニューについて取材をしていると、お嫁さんの廣子さんが「お腹すいたでしょう、カレーよかったら」と仰る。なんと、シツイさんがお昼に食べているカレイ(魚)とは別に、我々の分のカレーまで準備して下さっていたのです……これがまた絶品でした。

 

「かたじけない……」

 恐縮しながらも頭をフル回転させて取材を続けます。なんでも、息子の英政さんがご自身の糖尿病治療とシツイさんの酷い浮腫みを改善するため、試行錯誤の末に開発した“自家製薬草茶”が、シツイさんだけでなくご家族の健康の秘訣でもあるのだそう。

 

 どれ、我々も一口いただきます。

「……おいしい!」

 強烈な苦みを覚悟していた私と深野さん、思わず顔を見合わせました。ほのかな苦みと甘味が調和し、ゴクゴクと水のように飲める。すると、私たちは気が付いてしまったのです。シツイさんだけでなく、廣子さんも英政さんも肌にふっくらとハリがあり、明るく光り輝いていることに……。

「参りました……」

 取材中盤、既に白旗を挙げかけていた私は、その後もシツイさんの超人ぶりに圧倒されていきます。500歩ウォーキング、1時間の“自己流体操”を毎日続けているシツイさんの身体は力強くも柔軟。白衣の着方は男前そのもので、前屈しても床にペタッと手の平がついたのには驚きました。

 
 

 自分専用の携帯電話ではどなたかとハキハキと通話し、店に立ってハサミを持てば、優しいおばあちゃんの顔は職人のそれへと一変します。

 

「シツイさん、かっこいいです……!!」

 いつしか二人、ファンのようになって黄色い歓声を上げていました。

 一方、年の差70歳の私。教えていただいた体操を実践してみたところ、「伸び」の姿勢で肩がまっすぐ上がらず、「もう少しまっすぐね~」と注意される体たらく……。

「実は佐藤、こう見えて108歳なんです」

深野さんの苦し紛れのフォローにも、シツイさんは声を上げて笑ってくれました。

 たゆまぬ努力を続けて来られたのには、戦争で生き別れた夫の二郎さんが「まだどこかで生きているかもしれない」という思いも、大きかったようです。健康を分けるのは、若さではなく日々の努力の積み重ねに違いありません。シツイさんのひたむきさ、誠実さ、優しさと強さを前に、私は恥じ入ることしかできませんでした。

 12時から始まった取材、気づけば日が暮れています。居心地のよさに甘えて、なんと5時間もお話を聞き続けてしまいました。

「今日は若い女性お二人とお喋りできて楽しかったです。楽しい思いしました、また長生きできそうです。生きてる間に、またお会いできるといいですねえ」

 最後まで気遣いを忘れないシツイさんの包み込むようなやさしさに、後ろ髪を引かれる思いで那珂川町を後にしました。

 シツイさん、英政さん、廣子さん、本当にありがとうございました。どうかいつまでもお元気で。私もがんばります。

 

(編集部・佐藤)

source : 文藝春秋 電子版オリジナル

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