「憂いなければ備えなし」。1年半のコロナ対策から得た教訓とは
高橋氏
緊急事態宣言に国民も「宣言慣れ」
「これは戦争です」
昨年3月16日、フランスのマクロン大統領は刺激的な表現で、外出制限を伴うロックダウン(都市封鎖)を発表しました。
この9日後には、フランス軍が設営した野営病院で再び演説。国民に外出制限への協力を訴え、「国民はこの戦争で一つにならねばならない」と熱弁したのです。テレビ中継されたこの演説は国民の半数以上の3500万人が視聴し、コロナ=有事という共通認識が国民の間に広がったといわれています。
翻って日本はどうか。今年7月下旬からの「第5波」では、感染力の強いインド由来のデルタ変異株が猛威をふるい、東京都は8月13日に1日の感染者数が過去最多の5773人を記録。入院患者数も急増し、8月23日には初の4000人を超えました。
4回目となる緊急事態宣言が発令されていますが、かつてない爆発的な感染拡大が起きている。昨年までは緊急事態宣言に伴う緩やかな行動制限で感染爆発を抑えることができました。しかし緊急事態宣言に国民も「宣言慣れ」してしまい、繁華街での人流は減らず感染拡大に歯止めがかかりません。
最大規模となる感染拡大を食い止めるには、ロックダウンが必要ではないか。
そう危惧する国民は多く、また政府の新型コロナ対策分科会の尾身茂会長や全国知事会から「ロックダウン」の法制化に向けた検討を求める声が出るなど、我が国のコロナ対策は新たな局面を迎えています。
渋谷を歩く人たち(21年8月)
『シン・ゴジラ』に登場
私は、1980年に警察庁に入庁し、災害対策などの危機管理に長く携わってきました。沖縄県警察本部長、北海道警察本部長などを歴任し、2009年から内閣官房危機管理審議官として尖閣中国漁船衝突事件や東日本大震災に取り組み、15年に警視総監に就任しました。退官後、16年9月から19年4月まで内閣危機管理監を務め、その間、北朝鮮弾道ミサイル事案や西日本豪雨などの対処にあたりました。
内閣危機管理監の任務は、緊急の事態への対処(国の防衛に関するものを除く)です。大規模災害やテロなどの緊急事態が発生した際、総理大臣官邸の危機管理センターで情報収集や関係府省庁の調整などを指揮します。
内閣危機管理監は、映画『シン・ゴジラ』(16年)にも登場しています。演じたのはいぶし銀の演技が光る名脇役の渡辺哲さん。劇中では長谷川博己さん演じる主人公の内閣官房副長官を支えていました。ゴジラが都心を破壊していく中、内閣危機管理監が総理に官邸からの撤退を進言する「見せ場」もありましたが、的確な判断ではなかった。閣僚と搭乗した脱出用のヘリがゴジラに撃墜されてしまいましたから。
総理を補佐する内閣官房内にこのポストが創設されたのは98年のこと。その3年前の95年に阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件という国家を揺るがす災害と事件が立て続けに起き、我が国の危機管理のあり方が問われたことがポスト創設のきっかけでした。
約2年半におよぶ在任中、私の頭の中を常に占めていたのが、首都直下型地震、そして感染症のパンデミック(世界的流行)が起きた際の対応でした。当時準備していた感染対策については後述しますが、今回の事態を受けて、反省すべき点も少なくありません。
コロナと対峙して1年半が経った今、コロナ対策を振り返り、どのような教訓が得られるのか。そして「アフターコロナ」の時代に何が生かせるか。国家の危機管理を担当した経験を踏まえ、お話ししたいと思います。
「コロナ敗戦」などとメディアに評価される日本の対策は、果たして適切だったのでしょうか。大きな課題が浮き彫りとなったのが、感染対策と医療体制においてでした。
感染対策で何よりも重要視されるべきは、初動の水際対策(入国管理)です。
19年末に中国・湖北省武漢市で新型ウイルスが検出され、患者が急増し医療崩壊に見舞われましたが、日本の水際対策は出遅れた。1月の中国の春節(旧正月)期間に中国から多くの観光客が日本を訪れ、感染が広がる結果となりました。
変異株への対応も遅れてしまった。昨年12月、世界でアルファ株が流行し、イギリスから入国した5人からアルファ株が検出されたため、政府は3日後に新規入国を停止しました。
しかし「抜け穴」があった。中国や韓国など11の国・地域との間でのビジネス往来は認められたままだったのです。全ての外国人の新規入国を原則禁止にしたのは1月14日以降のことです。結局、関東圏を中心に市中感染が増加し、今年5月の第4波では国内のコロナウイルスの9割超がアルファ株に、8月の第5波では9割超がデルタ株に置き換わりました。
NZの「ロックダウン」
徹底した水際対策で感染拡大を封じ込めた国もあります。同じ島国のニュージーランドは、昨年3月から外国人の入国を原則禁止していました。特別に入国が許可された場合でも、ウイルス検査で陰性を証明したうえで、入国後14日間、軍などが管理するホテルでの隔離を義務づけています。この時点で、同国の死者数はゼロで1日の新規感染者数も50人程度と、人口のわずか10万分の1。それでも厳しい入国管理を続けてきました。
8月17日に2月末以来の市中感染者が1人確認されると、ニュージーランド政府はその夜には「ロックダウン」(国内全域で最低3日間の外出制限)を決行。このように、発生直後から最悪の事態を想定し大きく構えることが危機管理上、肝要です。
感染が拡大を繰り返す度に、何度も問題視されるものの、一向に改善されないのが病床不足など医療体制の問題です。「災害医療」の発想で患者(需要)の急増に対応して医療体制(供給)をプラスアルファで増やさなければなりません。
昨春の感染流行初期に病床確保に苦心する中、海外では突貫工事で「野戦病院」が急造されました。中国・武漢では、約1000床の大規模病院をわずか10日間で完成させ、また体育館や国際会議場にベッドを設置するなどして、患者を次々収容していきました。米ニューヨークでは20年3月末、セントラルパークに野営病院が設営され、ハドソン川には海軍病院船が停泊。大型展示場やテニスの全米オープン会場も臨時病院に姿を変えました。
日本でも、民間の日本財団が同年8月に船の科学館駐車場などにプレハブ施設を新設し250床の療養施設を提供しましたが、他に病床を増やす努力はほとんど見受けられませんでした。
実際、現在の日本における病床不足は、需要が供給を圧倒的に上回っている状態です。その結果、8月2日、政府は療養方針の大きな見直しを強いられました。それまで軽症患者も入院可能でしたが、この方針転換によって、入院は重症患者に限定され、中等程度の肺炎を発症し酸素吸入が必要な中等症患者でも自宅療養を余儀なくされました。
1年半以上経ってもなぜ病床不足が解消されないのか、国民の間に不満が高まるばかりです。
ロックダウン中のニュージーランド
妻と娘も「初動対処」
コロナ禍のような緊急事態において、政府に求められるのが国民に対する正確かつ迅速な情報発信で、クライシスコミュニケーションと呼ばれるものです。
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source : 文藝春秋 2021年10月号