誰も最初から時刻表で旅はしない。
社会人になったばかりの私もひとり旅ばかりやっていたが、時刻表は無縁だった。旅は、行き当りばったりが本来のもので、時刻表の力を借りるなど、旅の堕落と思っていた。だから、明日、休日となると、その日の夕方、上野駅に出かけて行き、青森行の夜行列車に、飛び乗る。もちろん、寝台などはぜいたくだから、最低クラスの座席である。当時は、寝台、ボックス席、固い二人掛と、いろいろな客車を連ねた夜行列車が走っていたのである。金のない旅好きの若者には、ありがたかった。身体が疲れたら床に新聞を敷いて寝る。みんなやっていた。朝、青森に着くと、地元の銭湯の朝風呂に入り、定食を食べ、一日中旅をし、今度は、東京行(上野行)の夜行列車で、帰る。旅館には泊らない。それが、私の若い時の旅だった。
ミステリイ作家になり、トラベルミステリイを書くようになり、更にトレインミステリイを書くようになると、自然に時刻表が必要になり、数字だらけの時刻表が面白くなっていった。少しずつ、プロとしての使い方がわかってくる。単線の小さな駅で、停車時間が妙に長ければ、そこで上下線がすれ違うのだろうと想像がつくし、キヨスクのある駅で、最終列車の時刻が23:55なら、その時刻以後は、目撃者がいないと書けるのだが、少し時刻表になれてくると、上り下りの最終時刻が違う場合があることに気付く。従って、23:55以後はキヨスクは閉り、目撃者ゼロと簡単に書けなくなってくる。
有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。
記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!
初回登録は初月300円
月額プラン
1ヶ月更新
1,200円/月
初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。
年額プラン
10,800円一括払い・1年更新
900円/月
1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き
有料会員になると…
日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!
- 最新記事が発売前に読める
- 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
- 編集長による記事解説ニュースレターを配信
- 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
- 電子版オリジナル記事が読める
source : 文藝春秋 2021年10月号