8月15日、アフガニスタンの武装勢力タリバンが首都カブールを制圧した。同日、アシュラフ・ガニ大統領は国外に逃亡し、アフガニスタンの現政権は崩壊。この事件は今後の国際関係に大きな影響を与える。
〈米国のアフガニスタンを巡る戦略について、同国とともに派兵した欧州諸国で不満と困惑が広がっている。(中略)「欧米協調」の象徴だったアフガン駐留が失敗し、欧州の安全保障体制にも影響が出る恐れがある。/(中略)英議会下院の議場で18日、ジョンソン首相は与野党双方から責め立てられた。「軍を裏切り、アフガン人も裏切った」。最大野党・労働党のスターマー党首は非難した。/身内のはずの与党・保守党議員からは逃げるように撤収した米国を公然と批判する声が上がった。「最高司令官(バイデン大統領)が(アフガンの)兵士の勇気に疑問を投げかけ、彼らが逃げたと主張するのを見るのは恥ずかしい」。ジョンソン氏は「20年間、アフガン発の西側諸国へのテロ攻撃の成功はなかった」と釈明するのがやっとだった。/ほかの欧州諸国でも自国政府と米政権への批判が入り交じる。/ドイツでは与党キリスト教民主同盟の重鎮レトゲン氏が公共放送ARDで撤兵は「米国の致命的な判断ミス」と発言。同盟国との相談も不十分だったとまくしたてた。イタリアでは極右・イタリアの同胞のメローニ党首が、米国とともに派兵した自国政権に「恥を知れ」とかみついた〉(8月19日「日本経済新聞」電子版)
ちなみに日本政府は、アフガニスタン情勢が危機的であることを今年6月時点には認識していた。それは首相官邸にロシアから質の高い情報が入ってきていたことと関係している。8月初めには、ロシアから首相官邸に8月中にタリバンがカブールを「無血開城」させる可能性が高いとの情報が入ってきた。首相官邸はさまざまな他の情報とクロスチェックした上でロシア情報の信憑性が高いと評価した。8月7~11日に米国を訪問した秋葉剛男国家安全保障局長(前外務事務次官)が米政府要人に対してアフガニスタン情勢に関する日本の懸念を伝えている。
8月15日にカブールが陥落し、ガニ政権が崩壊したことも日本政府にとって青天の霹靂ではなかった。首相官邸は外務省を通じてカブールの日本大使館に在留邦人への退避勧告を伝えると共に、大使館閉鎖と国外への避難を要請した。大使館員は在留邦人の退避意志の有無を確認し、17日には友好国の軍用機で12人の大使館員全員がアラブ首長国連邦に退避した。友好国の軍用機を直ちに利用することができるのも外務省が空港を管理する米軍との連絡体制を日頃からよく取っているからだ。コロナ対策や政局運営では、失点の少なくない菅義偉政権であるが、今回のアフガニスタン危機を含め外交・安全保障に対しては十分合格点に達する危機管理ができている。その理由は菅首相をインテリジェンス、外交で支える官邸官僚が、人数は多くないが、優秀だからだ。
エリートの構造的な問題
対して、超エリート集団であるバイデン政権中枢部やCIA(中央情報局)は、アフガニスタン情勢に関する基本的認識ができておらず、見通しを完全に誤った。この失敗の原因が、米国の教育システムにあることが本書を読むとよくわかる。原題は“The Tyranny of Merit. What's Become of the Common Good?”で直訳すると『能力の圧政。何が公共善になるか』だ。もっとも邦訳のタイトル『実力も運のうち 能力主義は正義か?』の方がマイケル・サンデル氏(米ハーバード大学教授)の主張を端的に表現していると思う。
サンデル氏は米国のエリートには構造的に深刻な問題があると考える。
〈高い教育を受けた者に政府を運営させることは、彼らが健全な判断力と労働者の暮らしへの共感的な理解——つまり、アリストテレスの言う実践知と市民的美徳——を身につけているかぎり、一般的には望ましいと言える。だが、歴史が示すところによれば、一流の学歴と、実践知やいまこの場での共通善を見極める能力とのあいだには、ほとんど関係がない。学歴偏重主義が失敗に終わった最も破滅的な事例の一つが、デイヴィッド・ハルバースタムの古典的作品『ベスト&ブライテスト』に描かれている。この本からわかるのは、ジョン・F・ケネディが輝かしい学歴の持ち主をかき集めてチームを結成しながら、彼らがいかにして、そのテクノクラート的な優秀さにもかかわらず、アメリカをヴェトナム戦争という愚行に導いてしまったのかということだ〉
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