異色の政治家の政策論を検証する/『日本を前に進める』河野太郎

ベストセラーで読む日本の近現代史 第98回

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官
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 波乱を呼んだ今回の自民党総裁選挙に立候補した岸田文雄氏、高市早苗氏、河野太郎氏、野田聖子氏の中で、毀誉褒貶相半ばしたのが河野氏だった。河野氏を評価する人から見れば突破力があるということだったが、忌避する人から見れば大混乱が生じるということだった。

 河野氏は、エネルギー政策、年金政策などで他の3人とは本質的に異なる考え方をしていた。国民一人ひとりの生活に直結する年金政策について見てみよう。

〈(9月)29日投開票の自民党総裁選で年金改革が争点に浮上している。少子高齢化を背景に給付額の抑制を進めるなか、将来ほとんど給付を得られなくなる高齢者の増加にどう対処するかが論点の一つだ。必要な財源をどう確保するか具体的な制度案はなく、議論はかみ合っていない。/河野太郎氏が「自分自身が現役のうちに積み立てる方式の年金制度」を唱えたのが議論のきっかけになった。基礎年金は消費税を財源とし、一定の所得や資産がある場合を除いて老後の生活の最低保障として給付とする案だ。岸田文雄、高市早苗、野田聖子の三氏は財源論などで実現性に疑問を呈している〉(9月22日「日本経済新聞」電子版)

 河野氏の案が実施されることになれば、消費税率の引き上げが不可避になる。この一点を見ても、河野氏が日本社会に激震を走らせる人物であることがわかる。

『日本を前に進める』では、河野氏のマニフェスト(政策綱領)が展開されている。個々の記述は明快であるが、全体としてどのような方向に日本を向けていこうとするかがよく見えてこない。外交に関して、河野氏は日米同盟を基礎とする価値観外交が重要であると主張する。

〈日本を取り巻くアジア太平洋地域の国々の力関係が、急速に変わりつつあります。そしてそれは、第2次大戦後の世界経済の繁栄を作り上げた国際秩序や、自由、民主主義、法の支配、基本的人権などといった価値観に対する挑戦となるかもしれません。/かつての冷戦時代は、米ソ2つの超大国を軸として、世界の主要国が東西両陣営に分かれて鋭く対立していました。覇権国と周辺国との関係は、太陽とその周囲を回る惑星のようでもあり、国際政治学では自転車の車輪になぞらえて「ハブ・アンド・スポークス」の関係と称されました。(中略)経済的な結びつきもそれぞれの陣営の内と外で分断される傾向にありました。/しかし冷戦に終止符が打たれ、「自由主義か、共産主義か」というはっきりした対立軸が消えると、特にグローバル化が著しい経済面で、国家間の関係はより複雑に絡み合うようになりました。/(中略)今後、日本を含むアジア太平洋地域で中国の影響力がますます強まることは避けられません。一部のASEAN諸国にとっては、南シナ海における紛争や国内の反政府勢力への支援など、中国が軍事的な脅威になっています〉

 この主張から導き出される結論は、民主主義国家群VS.権威主義国家群という二分法に基づく価値観外交だ。自由民主主義というイデオロギーを強調する外交と言ってもいい。

整合性が保たれているのか

 ただし、各論になるとだいぶ異なる。例えば、「ロヒンギャ」問題という表現は避けるべきと河野氏は主張する。

〈ミャンマーのラカイン州に住むイスラム教徒の人々は、よく「ロヒンギャ」と呼ばれます。しかし、ミャンマー政府は彼らのことを「ロヒンギャ」とは呼びません。「ロヒンギャ」という呼称はそう呼ばれる部族がいることを示唆しますが、ミャンマー政府は「ロヒンギャという部族は存在しない。彼らは国境を越えてきて住み着いたベンガルのイスラム教徒だ」と主張しています。日本政府は、この問題になるべく中立的な立場で関与するためにロヒンギャという言葉を使わず、「ラカイン州のイスラム教徒」と呼ぶことにしています〉

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source : 文藝春秋 2021年11月号

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