日本のエリート層の劣化に警鐘を鳴らす/『東大生はバカになったか 知的亡国論+現代教養論』立花隆

佐藤優のベストセラーで読む日本の近現代史 第96回

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官
エンタメ 読書

日本のエリート層の劣化に警鐘を鳴らす

 警視庁が6月25日、経済産業省の若手キャリア官僚を2人逮捕した。コロナ禍で売り上げが減った中小企業の関係者を装い、国の「家賃支援給付金」を騙し取った容疑だ。

〈逮捕されたのは、同省経済産業政策局産業資金課の係長、桜井真(28)=東京都千代田区一番町=と、同局産業組織課の職員、新井雄太郎(28)=東京都文京区向丘1丁目=の両容疑者。2人は高校の同級生で、桜井容疑者が2018年入省、新井容疑者が20年入省という。/捜査二課によると、2人は共謀し、家賃支援給付金を国から詐取することを計画。昨年12月下旬ごろ、コロナ禍で売り上げが大幅に減った中小企業の関係者を装い、専用サイトから偽の賃貸契約書の画像データなどを提出するなどして給付金を申請し、今年1月上旬ごろに約550万円を詐取した疑いがある。新井容疑者が申請し、給付金の大半は桜井容疑者が受け取っていたとみられるという。同課は2人の認否を明らかにしていない。/2人が申請に使ったのは19年11月設立の「新桜商事株式会社」。(中略)コンサルタントや通信販売の事業をするとしているが、捜査二課によると実態のないペーパーカンパニーだという。給付金の申請では、3カ所の事務所で月に計約200万円の家賃を支払っていると申告していたが、新井容疑者の自宅と親族の自宅、桜井容疑者の実家だった〉(6月26日「朝日新聞」朝刊)

 桜井、新井の両容疑者は、慶應義塾中等部、慶應義塾高校の同学年で友人だ。桜井容疑者は慶應義塾大学経済学部を卒業し、メガバンクに就職したが、その後、国家公務員総合職員試験に合格し経産省に入省した。新井容疑者は高校卒業後、一旦は慶應義塾大学経済学部に進むが中退し、東京大学法学部を卒業、東京大学法科大学院を修了し司法試験に合格した後、経産省に入省した。2人には余罪があり、再逮捕された。

〈警視庁は19日、別の企業の関係者として給付金を受け取ったとして、2人を詐欺容疑で再逮捕し発表した。だまし取ったとされる給付金は計1000万円を超えた。2人は容疑をおおむね認めているという〉(7月20日「朝日新聞」朝刊)

犯罪者が官僚になった

 経産省は7月19日付で桜井、新井の両容疑者を懲戒免職処分にした。役所が処分をする前には、人事課が当事者に弁解の機会を与える。2人が容疑を認めたので、経産省は懲戒免職処分に踏み切ったのだと思う。

 霞が関の官僚を逮捕するのは、窃盗や痴漢、暴行などの一般刑事事件を除けば、東京地方検察庁特別捜査部だ。官僚は高度な専門知識を用い、痕跡を消しながら罪を犯すのが通例だからだ。また官僚が政治家と結びついていて事件のもみ消しを図る可能性もある。従って、物証だけで官僚の犯罪を摘発することは難しい。そこで供述を取る能力が高い東京地検特捜部の出番ということになる。

 もっとも特捜検察には「事実を曲げてでも(特捜にとっての)真実を追求する」という独特な文化がある。評者も2002年に北方領土交渉絡みの鈴木宗男事件に連座し、東京地検特捜部に逮捕され、東京拘置所の独房に512日間勾留され、7年間争ったが最高裁判所で上告が棄却され2年6カ月の懲役刑(執行猶予4年)が確定した経緯があるので、特捜検察の文化が皮膚感覚でわかる(詳しくは拙著『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』新潮文庫に記した)。

 報道から判断する限り、桜井、新井両容疑者の事件は、単純な詐欺事件だ。「官僚の犯罪」というよりも「犯罪者が官僚になった」と表現する方がいい。偏差値で測る学力は高いが、犯罪性向が高い青年が私的利益を実現するために経産省に狙いを定め、就職したとしか思えない。

 この事件に関する報道を知ったとき評者は、今年4月30日に80歳で亡くなった立花隆氏が『東大生はバカになったか』(単行本、2001年)で、日本のエリート層が劣化する危険について警鐘を鳴らしていたことを思い出した。ここで言う「東大生」は、東京大学の学生に限定してとらえるべきではなく、日本の若手エリートと言い換えてもいい。

〈考えてみれば、東大生というのは、日本型知識詰め込み教育の世界におけるスーパーエリートである。だから、教えられたことを何でも自分の頭に詰め込み、試験のときにそれを吐き出すことは得意だが、自分の頭で自発的にものを考えるのは必ずしも得意ではないわけである〉

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source : 文藝春秋 2021年9月号

genre : エンタメ 読書