著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、髙樹のぶ子さん(作家)です。
あと数年で、父が死んで50年になる。
父が旅立つ夜、葉書を書いていたが、宛名は白紙だった。いつもの金釘文字が少し乱れていた。死の数時間前なのは確か。
思い返すとき、娘は良い記憶ばかりを収集する一方で、思い出したくない事を、暗いトランクに詰め込む。このトランクを開ければ、とんでもないものが噴出しそうなので、そっと鍵をかけたままにしている。
このトランクの中では、戦争や特攻隊の生残りの負い目や、暑苦しく湿った空気が、淀み動いているのが想像される。
トランクを遠目に眺める娘からすれば、たしかにあの中の父は、苦しみ苛まれている気がするが、本当は結構、カラカラと、サバサバと、あのトランクの中を泳いでいるのかも知れない。
ともかく戦争を知らない娘にとっては、戦争に振り回された父の人生は、良くわからない。ただ想像するばかり。
そして、思い出の断片ばかりが、妙に鮮やかに漂い残っている。
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source : 文藝春秋 2021年10月号