★自民党の選挙広報紙か
この原稿を書いている時点では、まだ自民党総裁選の勝者は決まっていない。
だが、新聞と自民党との戦いで言えば既に、勝負あっただろう。派閥政治に頼れぬ乱戦ぶりを新聞にたっぷりと書いてもらい、衆院選に向けて、少し前まで菅義偉政権を苦しめた極度の不人気からV字回復を果たさんとする自民党の「圧勝」は揺るぎそうにない。
告示翌日の各紙の9月18日付朝刊を読めば、一目瞭然だ。政権擁護派の産経は致し方ないにしても、政権打倒派の朝日さえも、河野太郎、岸田文雄、高市早苗、野田聖子の候補者4氏の言い分を垂れ流す「お祭り紙面」と化しているのが不思議でならない。
1面の作りもそっくりで、4人の主張を見出しにして並べる。もちろん、選び方は社論を忠実に反映して、産経は「河野氏 敵基地攻撃『昭和の概念』」「高市氏 拉致問題解決と改憲言及」などとタカ派色の強い論点に絞り、朝日は「岸田氏 党役員に若手登用」「野田氏 閣僚半数を女性に」といった体制改革に重点を置く。つまみ食いも甚だしいが、さりとて全体を俯瞰して厳しく評価する視点を欠く以上、おしなべて候補者の「ご高説紹介」にとどまる。
両紙に限らず、まだ政策論争が始まったばかりなのに、拙速にも、決選投票まで見越して派閥の思惑を探りつつ「誰が勝つか」の浅薄な予想記事を載せるのも共通している。党員・党友や街の声など反応を拾う社会面の作りも同様だ。
これでは、乱戦を演じたい自民党のメディアジャックに新聞が自ら身を投じているのに等しい。さすがに呆れたのだろう、朝日新聞デジタルにこんな苦言が載っていた。
常見陽平千葉商科大准教授が「今日の朝日新聞は、まるで総裁選の選挙公報紙である。各候補者の政策、人柄、さらには地元の声なども載っている超大作である」と皮肉たっぷりに指摘した。
この苦言は記者と社外の識者が記事に私見を述べる「コメントプラス」という欄で見つけたものだが、思わず膝を打ちつつ、内部批判があるだけまだマシかもしれないと思った。例えば、河野氏の支援に回った小泉進次郎氏のご都合主義極まりない「政局発言」に対する新聞の無批判ぶりは酷いからだ。
★“ポエム答弁”を引き出したのは
小泉氏が14日の記者会見で河野氏支持を表明した際も、各紙とも「小泉環境相が河野氏支持『誰が党風一新できるか答えは明らか』」(読売)などと、言い分をただ紹介するばかりだ。
誰しも疑問に思うのは、小泉氏も河野氏本人も安倍、菅両政権で閣僚など重要なポストを任された「主流派」だったことだろう。これまでさしたる体制批判を唱えて来なかった小泉氏が、今になって急に「党風一新」を持ち出すのは、改革派を自己演出したい底意が見え見えではないか。父・純一郎氏がちょうど20年前に「自民党をぶっ壊す」と吠えて圧勝した総裁選の2匹目のドジョウを狙っているだけではないのか?
その疑問を持つ記者はいないかと探したら、掃き溜めに鶴か、やっといた。15日朝刊で「“自民の人気者トリオ”打算だらけ合体」と見出しで謳い、石破茂氏を含む3人の思惑を暴いた記事だ。特に会見での小泉氏のこの言葉を聞き逃さなかったのは手柄だろう。
本文を引用しよう。「(小泉氏は)最近では珍しく舌鋒鋭かったが、記者から『河野氏のどういった政策が党風一新と感じるか?』との質問には『私は河野太郎自身が党風一新だと思っています』と“ポエム答弁”。この時ばかりは会場に“微妙”な空気が流れた」
ただし、これはスポーツニッポンの記事なのだ。「河野改革」の幻影に惑わされて、その「広報紙」と化した大新聞では、本当のところは知り得ないものらしい。
小泉進次郎氏
★人気調査に聞こえる高笑い
いつもは「政策中心の政治」をがなり立てていても、いざとなると「政局ばかり」になるのが日本の新聞だ。それにしても、毎日の19日朝刊には呆れた。
「総裁誰に 本社世論調査 河野氏43% 高市氏15% 岸田氏13%」の見出し通り、ただの人気調査である。
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source : 文藝春秋 2021年10月号