中国、北朝鮮、ロシアの脅威にどう向き合うか
岸氏
“あらゆる選択肢”を検討する
2020年9月に防衛大臣を拝命し、およそ1年3カ月が経ちました。岸田文雄政権発足後も再任していただき、いっそう身の引き締まる思いでいます。政府の最も重要な仕事は、国民の命と平和な暮らしを守り抜くこと。この重責を胸に刻み、これからも日々邁進してまいります。
この間、我が国を取り巻く安全保障環境は目まぐるしく変化し、複雑さを増してきています。自国に有利な国際・地域秩序形成を目指そうと、政治、経済、軍事など様々な分野で、国家間の競争が繰り広げられている。我が国もこの変化に素早く対応していく必要があります。
防衛大臣の再任にあたって岸田総理からは、外交・防衛政策の基本方針を示す「国家安全保障戦略」、「防衛計画の大綱」、「中期防衛力整備計画」の改定に取り組むよう、ご指示をいただきました。
これを受けて防衛省では、2021年11月12日、「防衛力強化加速会議」を設置しています。会議では私が議長となり、防衛省・自衛隊の幹部らとともに日本の防衛政策について、いわゆる「敵基地攻撃能力」の保有を含め“あらゆる選択肢”を検討し、冷静かつ現実的な議論を積み重ねていこうと考えています。
我が国を取り巻く安全保障環境が不確実性を帯びるなか、日本の防衛力はどのような形をとるべきか――。「防衛力強化加速会議」の狙いも含めて、この機会に私の考えをお話ししたいと思います。
中国、北朝鮮、ロシア……
日本の周辺には、強大な軍事力を有する国家がいくつも集中しており、軍事活動を活発化させています。
懸念すべきは「中国」の動きです。
近年の中国は透明性を欠いたまま、継続的に高い水準で国防費を増加させています(注:同国の国防予算はこの30年間で約42倍に増加。とくに2021年の国防費は、前年比で6.8%増となり、日本円にして過去最大の約20兆3301億円に達した)。
その内容を見ると、核・ミサイル戦力や海上・航空戦力の増強はもちろん、宇宙、サイバー、電磁波といった新たな領域での能力向上にも力を入れている。「質」と「量」の両面で、軍事力を強化しているのです。
こうした軍事力増強の取り組みに加え、中国は東シナ海・南シナ海において、力による一方的な現状変更の試みを続けています。
特に、我が国固有の領土である尖閣諸島周辺では、中国海警船による領海への侵入が相次いでいる。2020年には111日連続で、尖閣諸島周辺の接続水域における中国海警船の航行が確認されました。さらに、侵入した中国の海警船が日本の漁船を追い回す事案も発生しました。
2020年6月と2021年9月には、中国海軍のものと推定される潜水艦が、奄美大島周辺の接続水域を潜水航行しているのを確認。さらに、2021年11月には、中国海軍の測量艦が、屋久島と口永良部島付近の海域で日本の領海を航行しました。こうした中国の軍事的行動は今後も継続すると考えられ、我が国を含めた周辺地域の安全保障上、強い懸念となっています。
日本政府としては、自国の立場や考えをはっきり伝えていく必要があります。以前、中国の魏鳳和国防部長と電話会談をおこなった際に、我々の懸念を直接伝えました。中国側の意図を理解し、偶発的な衝突を回避するためにも、中国当局との意思疎通は重視していきます。
「北朝鮮」は、極めて速いスピードでミサイル開発を続けています。
特に2021年9月以降には、「極超音速ミサイル」と称するものや、変則軌道で飛翔する潜水艦発射型の弾道ミサイルなどの実験を相次いでおこない、関連技術や運用能力の向上を図っています。また、これまでの核実験を通じた技術的成熟等を踏まえると、北朝鮮は核兵器の小型化・弾頭化を実現しており、核を弾道ミサイルに搭載して我が国を攻撃する能力をすでに有していると見られます。こうした軍事動向は、我が国の安全にとって、重大かつ差し迫った脅威となっています。
「ロシア」の動向も注視しなければなりません。
ロシアは現在も、我が国固有の領土である北方領土の不法占拠を続けています。しかも近年は北方領土を含めた周辺地域で大規模な軍事演習をおこなうなど、その活動を活発化させている。
強大な軍事力を有する中国とロシアが、軍事的に関係を深めていることも懸念材料です。2021年10月には、中露の艦艇10隻が、大規模かつ長期間に渡り、津軽海峡や大隅海峡という近傍を含め、我が国を周回する形で航行するという、極めて異例の行動をとりました。翌11月には、両国の爆撃機が我が国の周辺で、3度目となる長距離にわたる共同飛行を実施しています。両国の度重なる軍事演習は、我が国に対する示威行動を意図しているものと考えられます。それぞれ強大な軍事力を保有する両国の共同による軍事活動は、各国の懸念を高めるものと認識しています。
防衛費は大きな指標
国家間の競争の激化、軍事活動の活発化は、東アジアだけの現象ではありません。一方的な現状変更の試みは欧州を含め、今や世界的な課題となっています。これは法の支配といった普遍的な価値や、ルールに基づく既存の国際秩序に対する挑戦です。
防衛省としては、こうした一層厳しさを増す我が国を取り巻く安全保障環境に的確に対応するため、引き続き、強い関心を持って関連動向を注視してまいります。
こうした動きに対して、日本としては日米同盟をより一層深化させ、価値観を共有する各国との協力体制を強化していく必要があります。
例えば、クアッド(注:日米豪印の4カ国による外交・安全保障の協力体制)は地域の安定のために非常に大切な枠組みだと思います。まずは外務省を中心に取り組みを進めています。
また、韓国との様々な意見交換・情報交換は北朝鮮の情勢を踏まえれば、必要なことだと思います。日韓や日米韓といった枠組みにおいて、しっかり連携をとっていくことが求められる。
安全保障をめぐる環境が厳しさを増す中、必要な防衛力を速やかに強化することは喫緊の課題です。
つい先日、令和3年度の補正予算案が閣議決定されました。防衛省については、3年度補正及び4年度当初をあわせて「防衛力強化加速パッケージ」と銘打ち、令和4年度に予定されていた事業を前倒しでおこなうことになりました。ミサイル防衛能力の強化、南西島嶼部の防衛体制強化などの事業を先行して実施。航空機やミサイル・弾薬などの主要装備品についても、前倒しで新規購入することになります。
3年度補正では過去最大となる7738億円の歳出予算を計上しました。防衛費は、国防の国家意思を示す上でも大きな指標となるものです。令和4年度当初予算についても、必要な事業分を確保できるよう努めていきます。
国家安全保障戦略などの改定の議論にあたっては、私としては、次の3つのポイントに留意したいと思います。
「現下の厳しい情勢から目を背けることなく、何が足りないのか見極めていくこと」
「旧来の固定的な考えから脱却し、将来にわたり意義が低下する部分は思い切って見直すこと」
「世界の最先端軍事技術に遅れをとらないように、新たな技術を積極的に取り入れること」
この3点に留意して、政府内で議論を重ねていく所存です。
「極超音速滑空兵器」の登場
防衛力強化加速会議では、いわゆる「敵基地攻撃能力」の保有を含めてあらゆる選択肢について議論してまいります。
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source : 文藝春秋 2022年1月号