『大地の子』で中国残留孤児の波乱万丈の人生を描いた山崎豊子(1924~2013)。秘書を52年間務めた野上孝子氏が、山崎の素顔と作品の誕生秘話を明かす。
山崎豊子先生が亡くなられて、まもなく10年。現在、『大地の子』コミック版が配信されている。日中の家族の悲哀と国家上層部の権力争いが縦横自在に活写され実に面白い。
この原作でやはり思い出されるのが中国取材である。
先生は私の知る限り、滅多に手紙を書く人ではなかった。そんな先生でも1984年に中国社会科学院から長期で招聘された時は、しばしば留守宅に手紙が届いた。
本当の心の内は、手紙には書かれない質で、いつも用件は(1)(2)というように数字を振って書き、大事な箇所は赤ペンで傍線が引いてある。
ある日、その中に「中国のトップと面会する事をどう思うか」とあった。トップってどのクラスの方なのか? 何の説明もないのでお答えする資格がないのだが、「意見なき者は去れ」の先生だから、「いいと思います」とのみお返事した。
そのトップが胡耀邦中国共産党総書記だと分かったのは、私が中国へ行ってからのこと。仰天したのは言うまでもない。
山崎豊子
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source : 文藝春秋 2022年1月号