「前田家は幕府と朝廷という二つの大きな力の間で、どちらにも与し切らず、独自の立場を守り続けた。今のアメリカと中国の間にあって、日本はまさに前田家の道を行くべきだと思っています」
そう語るのは、歴史時代小説の第一人者、作家の安部龍太郎氏だ。安部氏は、2026年5月に加賀前田家三代――利家、利長、利常を描いた大河長編『銀嶺のかなた』の完結編『みやびの楯』を刊行したばかり。中央政権の立場からではなく前田家の側から見た日本の戦国・江戸時代、さらには、現代の日本が前田家から学べる知恵について語った。
あべりゅうたろう◎1955年福岡県八女市(旧・黒木町)生まれ。2005年『天馬、翔ける』で中山義秀文学賞、13年『等伯』で直木賞を受賞。作品に『関ヶ原連判状』『信長燃ゆ』『迷宮の月』『家康』『ふりさけ見れば』など多数。近刊は、大河長編『銀嶺のかなた』(第1巻『利家と利長』、第2巻『新しい国』、第3巻『みやびの楯』)。

「地方から見た中央」という視点
――戦国時代といえば、信長・秀吉・家康という3人の「天下人」が軸になって語られてきました。今回は前田家を主人公とした「前田家の視点」に立つと、戦国時代の見え方はどのように変わるのでしょうか。
安部:日本の歴史は明治維新以来、中央の立場だけをクローズアップして、地方史を切り捨ててきたこと。そして世界史と日本史を分けて教えてきたこと。このふたつが大きな欠点だと思っています。
ちょうど「加賀前田家の小説を書いてくれないか」というご依頼が北國新聞社さんからあった時に、これはいいチャンスだなと思ったんです。地方からは中央はどう見えるのか。あるいは家臣、重臣からは信長・秀吉・家康はどう見えるのか。それを書くいいチャンスだと。
主人と家臣、中央と地方では、当然立場が違います。中央の命じる通りにやろうとしても、地方には地方の風土と文化と歴史がありますから反発が来る。前田家は常にその狭間に立たされてきました。
代表的な例として、信長は加賀の一向一揆を徹底的に撫で斬りにしろと命じるわけです。それにそのままに従うのか? あるいは小説『銀嶺のかなた』の中では、前田利長が一向一揆に加わった村を助けるために奔走するシーンを書きましたが、地域のことにも目を配って中央の意思を徐々に伝えていくのか? そういう為政者としての基本的なスタンスがまったく変わってくるんですよ。
戦国時代は「大航海時代」の波の中で見よ!
――安部さんは以前から、日本の歴史は世界史と切り分けて見てはいけないともおっしゃっています。大航海時代の中で戦国時代を位置づけて見ることの重要性はどこにあるのでしょうか。
安部:ひとつはキリスト教の伝来。もうひとつは鉄砲の伝来。それから南蛮貿易の開始。この3つの要素を抜きにして、戦国時代は語れないですよ。たとえば、長篠の戦いで織田信長が鉄砲3000丁を使って武田軍を倒したという説は皆さんご存知ですよね。ところが、そこで使われた「火薬はどうしたの?」「鉛はどうしたの?」という視点が、従来の歴史観にはありませんでした。
火薬には木炭と硫黄と硝石が使われますが、硝石は鉱物の形では日本で産出せず、信長の頃まではほぼ全部輸入品でした。鉛もそうで、最近の研究では、当時使われていた鉄砲玉の鉛の4分の3は輸入品であり、しかも輸入先まで特定できているんです。タイのソントー鉱山、50キロにおよぶ鉛鉱道がある場所です。
その輸入の仲介役をやっていたのが、マカオに拠点を置いていたポルトガルなんですよ。ポルトガル政府が管理して、ポルトガルの商船が鉛や火薬を日本に運んだ。だから日本の戦国大名たちは、それを買うためには彼らの言うことを、必然的に聞かざるを得ない状況に置かれていたんです。
――つまり外との関係とどう向き合い、どういう国を作るのかという問いが、信長も秀吉も家康も、それぞれ違う形で突きつけられていたということですね。
安部:この頃、最初にポルトガルが日本にやって来る。次にスペインがやって来て、日本が植民地化される危機的状況は、幕末の「外圧」とまったく一緒なんですよ。アメリカやロシアがやってきて、いわゆる江戸幕府の「地方分権・農本主義」では、この危機に対応できない、今後は「中央集権・重商主義」でいかなければだめだ、ということで徳川政権が倒された。これが明治維新の本質なわけです。
それと同じように重商主義で中央集権を目指す国家経営を、信長も秀吉もやろうとしたんですよ。ところが、今の日本史の学び方だと、幕末になって初めてそういう状況に直面したように語られてしまう。同じような経験を日本という民族はすでにしているということを、きちんと見ていかないと過去の歴史からは学べないと思います。
初代・利家の「男気」が前田家の土台をつくった
――前田家の初代・利家、息子の利長は、信長や秀吉という強大な権力に対してどのように身を処していったのでしょうか。
安部:やはり信長と利家の関係が一番基本ですよね。利家は前田家の長男ではなかったのですが、信長に気に入られて、「母衣(ほろ)衆」という軍団の軍団長みたいなものに命じられた。〈槍の又左〉と言われるくらい強くて、現代でいえば大谷翔平選手くらいの「打てる奴」ではなかったかと(笑)。

信長に重用されていた利家ですが、ある時、信長に仕えていた茶坊主の拾阿弥を切り捨てるという事件を起こします。利家という人は、信長のことだけ気にして言う通りになればいいというタイプではなくて、自分には自分の武人としての誇りと意地があるし、責任感もあったんですね。
この当時の武士たちの一番の旗印は、男らしさ、武士らしさなんです。戦場では絶対に卑怯なことはしないというのが彼らの鉄則です。一度でも卑怯なこと、嘘をつくことをするともう信用してもらえなくなる。特に部下や仲間からね。だから、信長はもう一度戻ってくることを許可して、利家を呼び戻すわけですが、それ以後も彼の気性は変わっていない。
東京国立博物館でやっていた「百万石!加賀前田家」展でも、鍾馗の旗印や陣羽織を見ると、その生き様そのものが表れているように思えました。若い頃は傾奇者(かぶきもの)と言われた利家の男気といいましょうか、武士としての生き様が、前田家の基本になっていると僕は思っています。
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