細菌学に多大な功績を遺した“近代日本医学の父”北里柴三郎(1853~1931)。北里研究所所長も務めたノーベル賞受賞者・大村智氏が「北里精神」の真髄を語る。
大村氏
私が30代前半の頃、薬学系の研究者たちと欧州視察に行った。ある製薬企業を訪問した際に、先方から北里柴三郎の話が出て大いに盛り上がった。ヨーロッパでの北里の評価の高さを目の当たりにし、あらためてその偉大さを思い知ったものだ。
北里は「報恩の精神」を大切にした。中でも伝染病研究所の開設を援助してくれた福沢諭吉への感謝は絶大で、慶應義塾大学部医学科設立の際には弟子たちを率いて慶應に移り、その礎を築いて恩に報いた。
ドイツ留学時の恩師、細菌学者ロベルト・コッホへの敬愛の念も忘れなかった。その深さは、コッホの死後、伝染病研究所内に祠を建立して祀るほど。いまその祠堂は北里研究所内に「コッホ・北里神社」として移設され、北里の命日には例祭が執り行われている。
北里は緻密な仕事ぶりでも知られた。だが、彼が真に目指したのはその先にある「実学」だった。研究が成功して何かを発見したとしても、それで終わったのでは自己満足に過ぎない。その成果が人々の生活に役立って初めて研究の意味がある——という実学の思想が、北里の行動を支配していたのだ。
北里柴三郎
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source : 文藝春秋 2022年1月号