ジャーナリストの大西康之さんが、世界で活躍する“破格の経営者たち”を描く人物評伝シリーズ。今月紹介するのは、アシュウィン・ダメラ(Ashwin Damera、エルディタス創業者)です。
アシュウィン・ダメラ(エルディタスHPより)
「大学は若者たちを拒絶することで素晴らしいビジネスモデルを構築してきた。私もその教育によって人生が変わった一人だが、幸運に巡り会えるのはほんのひと握りに過ぎない」
南インドのさほど裕福ではない家庭で育ったアシュウィン・ダメラにとって、教育は「蜘蛛の糸」だった。家族の応援で米国に留学し、ハーバード大学で経営学修士(MBA)を取得。インド屈指の富豪にのし上がった。だがインドに生まれた大半の若者の頭の上に蜘蛛の糸は降りてこない。
インドだけの問題ではない。米国でもハーバードなどの名門大学は入学を希望する学生の10%未満しか受け入れない。狭き門をくぐり抜けても授業料が高すぎるため、ほとんどの学生はローンを組むことになる。キャリア形成に失敗し返済が滞る人もいる。学生の債務危機は先進国でも大きな問題の一つだ。教育にまつわるこれらの諸問題に対する憤りが、ダメラを起業へと駆り立てた。
ダメラが2010年に設立したエルディタスは、米国のハーバード大学、フランスのINSEAD(欧州経営大学院)などの講義をオンラインで提供する世界屈指のエドテック(教育とテクノロジーを掛け合わせた造語)ベンチャーだ。世界で年間10万人の人々がキャリアアップのために利用している。
2005年、ハーバードでMBAを取得したダメラはインドに戻り、トラベルグルという旅行検索サイトを立ち上げた。2008年、ダメラはこの会社を競合大手に7500万ドル(約85億円)で売却することで一旦合意する。ところがリーマンショックによる金融危機で6000万ドルに価格が下がり、ダメラは取引を拒否する。次の買収先はなかなか現れず、結局トラベルグルは2012年、10億ルピー(15億円)でライバル会社に買収された。
この経験はダメラの胸にマネーゲームの怖さと虚しさを刻みつけた。
「私は(株式市場での)会社の評価を最大化することより、世界中の人々に専門教育の機会を提供するという大きな目的に集中したい」
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source : 文藝春秋 2022年2月号