ジャーナリストの大西康之さんが、世界で活躍する“破格の経営者たち”を描く人物評伝シリーズ。今月紹介するのは、リー・シャン(李想、Li Xiang、理想汽車創業者)です。
リー・シャン ©ロイター/アフロ
中国にはかつて100社余りEV(電気自動車)メーカーがあった。しかし新型コロナウイルスの感染拡大で世界のサプライチェーンが凍りつく中、量産化が間に合わなかったメーカーは開発資金が底をつき、2020年以降バタバタと倒産している。
その前に米国での株式上場で資金調達に成功したのが、「中国EV三銃士」と呼ばれる3人の起業家だ。一人は上海蔚来汽車(NIO)の李斌(ウィリアム・ビン・リー)、もう一人は小鵬汽車(シャオペン)の何小鵬。最後に登場するのが理想汽車(リ・オート)の李想である。
2014年4月、李はマスコミに取り囲まれ、カメラのフラッシュを浴びていた。この時点で理想汽車はまだ誕生していない。李の傍にいたのが米EVメーカー、テスラの創業者、イーロン・マスクである。
2012年に米国などで初の量産タイプ「モデルS」の販売を開始したテスラは、この年、中国への輸出を開始した。大手ポータルサイト・新浪CEOの曹国偉、中国中央電視台(CCTV)の著名プロデューサー張涵、ウェブゲーム大手・雲遊控股CEOの汪東風など各界の名士が、税込1240万円の高級車の1期目のオーナーに名を連ね、中国を訪れたマスクから記念式典で直接、キーを受け取った。李は自動車情報サイト・汽車之家の総裁としてこの中に加わっていた。
連続起業家として知られる李のシンデレラ・ストーリーは中国でも語り草だ。1981年10月に河北省石家荘で生まれた李は、まだ高校生だった1999年に個人のウェブサイトを立ち上げた。2000年にはIT、デジタル、家電製品の情報を消費者に届ける泡泡网(PCPOP.com)を設立した。これが最初の起業である。
2005年には自動車の情報を掲載する自動車情報プラットフォーム「汽車之家」を立ち上げる。汽車之家は2013年9月に月間ユーザー数8000万人を獲得し、世界で最も訪問者の多い自動車Webサイトになった。2013年12月にはこの会社をニューヨーク証券取引所に上場させる。
起業家としては、ここまでですでに大成功なのだが、李は2015年6月、突然、汽車之家の社長を辞任。翌月には理想汽車の前身となるEVベンチャー、北京車和家信息技術(CHJオートモーティブ)を設立した。1年前、成功者の証としてテスラを購入した男は、それと同じEVを自ら作ることにしたのである。
高学歴の起業家が理想に走りがちなのに比べ、李は徹底した現実主義者である。CHJオートモーティブでEVの開発を始めるとすぐ、重慶の自動車大手、力帆汽車を6億5000万元(約110億円)で買収した。
この頃、中国政府は国内の自動車の生産能力を抑制する方針を打ち出して、EVベンチャーは生産許可を得ることが難しくなっていたが、李はすでに政府から新エネルギー車の生産許可を得ている力帆を買収することで、ロシア、イランなどの組み立て工場と生産ライセンスを一挙に手に入れたのだ。
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source : 文藝春秋 2022年1月号