ベネディクト・カンバーバッチ
ネット配信がはじまって間もない『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(2021)のなかで、ベネディクト・カンバーバッチがまたもや凄い芝居を見せている。
役柄は、フィルというモンタナ州のカウボーイだ。といっても時代は1925年で、西部開拓時代はすでにピークを過ぎている。彼の弟などは、牧場と町の往復に初期の自動車を使うくらいだ。
フィルはカリスマ性が強く、周囲にワイルドな威圧感をまき散らす。高度な教育を受けているにもかかわらず、入浴する代わりに泥を塗りたくった身体で水中に飛び込み、牛の皮剥ぎや去勢もナイフ1本でやってのける。そんな彼が、弟が妻に迎えた未亡人と、そのひよわな息子につらく当たる。すげなく扱い、冷たい眼で見据えるのだが、そこには複雑な秘密が隠されているようだ。
頭のよい変人の役を演じさせると、カンバーバッチは当代きっての名優だ。TVシリーズの当たり役シャーロック・ホームズを見た方ならだれしもうなずいてくれるはずだが、映画の彼も、役の大小にかかわらず画面に深い爪痕を残していく。あのスティーヴン・スピルバーグ監督が、「彼はフェラーリだ。どんな役でも最高の形で演じてみせる」と感嘆したのもお世辞ではないだろう。
カンバーバッチは1976年、ロンドン西部のハマースミスで生まれた。15世紀のイングランド王、リチャード3世の血を継ぐといわれるが、両親は俳優だ。2005年前後に舞台、テレビ、映画と立てつづけにデビューを果たし、またたく間に注目を集めていく。
私がその存在に気づいたのは、2007年の『つぐない』からだ。最初のうちは、妙な役者がいるぞといった程度の見方だったが、『スター・トレック イントゥ・ダークネス』(2013)や『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(2014)などを続けて見るうち、これは21世紀屈指の大物かもしれないと思うようになった。
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source : 文藝春秋 2022年2月号