士気なき部隊と「戦えない空母」——しかし、日本は油断してはならない
中国人民解放軍の士気は?
中国の軍備増強が続いているが、中国には弱点があることも事実である。日本は現実を複眼的に見直し、中国の弱点を効果的に突くことが求められている。同時に、日本側の弱点も率直に再点検すべきである。
中国の軍事的脅威について考える時、我々が留意すべきことの一つは、目先の動きに過度に悲観的にならず、冷静に事態を観察することである。
「英国兵1人の方がイタリア兵12人よりもっと優れている。イタリア人は兵隊には不向きだ」——。これは第二次世界大戦の際、ドイツ国防軍大将ヴィルヘルム・フォン・トーマが発した言葉で、著名な軍事史家B・H・リデルハートが著書『ヒトラーと国防軍』の中で紹介している。学問や芸術、ビジネスなど様々な場面に民族性がにじみ出るが、国防や戦争もまた無縁ではない。
軍隊の強さは、「兵器の量や性能」という目に見えるものと、「軍人の士気」という見えにくいものを掛け合わせたものであり、士気には民族性も深く絡んでくる。
では、軍拡を続ける現在の中国において、軍人の士気はどうなのか。
中国では古来、権力者たちが自分たちの王朝を守る「私兵」として軍隊を維持してきた。現在の「中国人民解放軍」は約230万人の兵力を誇る世界最大の軍隊である。だがその本質は、米軍や英軍のような国家の軍隊ではなく、中国共産党が直接保有する「党の軍隊」であり「世界最大の私兵」にすぎない。
「良い鉄は釘にはならない(まともな人間は軍人にはならない)」と語られる漢民族の風土にあって、中国共産党は、少しでもよい人材を軍務につかせるため、給料や退職後の軍人恩給で惹きつけると同時に、政治将校を部隊内部に配置して監視する「アメとムチ」を駆使してきた。
だが、中国軍の内部事情をよく知る人々が口をそろえて語るのは「それでも中国軍人の士気は高いとは言えない」ということだ。
それを示す出来事が日本の領海で起きた。2004年11月、石垣島近くの日本の領海を国籍不明の潜水艦(のちに中国海軍の漢級原潜と判明)が潜没したまま航行していることをつかんだ日本政府は自衛隊に海上警備行動を発令した。この時、海上自衛隊は約10億円相当ものソノブイ(音響探知機)を投下するなど空前の追跡作戦を展開。滅茶滅茶な航法で逃走した中国潜水艦の乗組員の中には、撃沈への恐怖から心身に不調をきたし、その後軍務に就けなくなった者も出たとされている。
さらに18年1月、尖閣諸島近くの水域に中国軍の潜水艦が潜没航行していることを、重層的なセンサー・システムを駆使して自衛隊が探知した。この時、探知に気づいた潜水艦はあっさり浮上して中国国旗を掲揚し、国際法上問題にならない「無害通航」に転じた。04年の追跡事件が中国海軍内部のトラウマになり、「白旗」を早々と揚げたわけだ。
こうした「日米側が優勢」との情報を、自衛隊や米軍が示すことはあまりない。中国を油断させておけばそれに越したことはないし、防衛予算増額の障害になるためだ。
軍服を着た習近平国家主席と人民解放軍
もろさ抱える「一人っ子軍隊」
中国軍の兵士の士気の低さの背景には、先に述べた歴史的・風土的体質に加え、中国共産党政権の成立後に生じた問題もある。現在、兵士の約7割が「一人っ子」で、親が戦闘で子供を失うことを強く恐れていることだ。残りの3割も親が政府に「罰金」を支払って産み育てた子供であり、こちらの場合もコスト感覚が強い中国人の親たちは子供の戦死を忌避する傾向が強いとされる。
大規模な戦闘で多数の兵士が戦死する事態になれば、わが子を失った親たちが嘆き悲しむ。さらにそれを見た他の兵士やその親たちの間で一気に厭戦気分が広がるだろう。米軍がアフガニスタンで多数の兵士を失いながらも20年にわたって戦い続けられた背景には、多数の移民が常時米国に押し寄せ、兵士の成り手を確保しやすいという事情があった。
一方、日本以上の少子化が進み、世界でも例をみない「一人っ子軍隊」を擁する現在の中国は、「犠牲に対する耐性」という点でもろさがある。習近平政権は一人っ子政策をとりやめ、2人目、3人目の出産を奨励し始めているとはいえ、中国軍が「脱・一人っ子」に向かう道筋はみえないままだ。
中国の人々の多くが最優先するのは自分と一族の利益だ。いったん政権が弱体化すればあっさり見放す。中国大陸にはそんな伝統が根強くある。2021年に入ってから、習近平政権は米バイデン政権との外交接触で執拗に「政権転覆を企てるな」と要求した。このことからわかるように、中国共産党政権には「自らの体制のもろさへの怯え」がある。
士気の低下した人民解放軍兵士たち
中国がミサイル増強をする理由
ここで視点を変え、中国共産党政権あるいは中国軍の高官の立場で考えてみよう。これまで指摘してきた「兵士の士気の低さ」や「一人っ子軍隊」といった中国の弱点は、中国自身が既に承知しているとみられ、弱点の克服に懸命になっていることが様々な動きからわかる。
まず目につくのが、弾道ミサイルや無人機といった「人的犠牲を伴わない戦力」への傾斜だ。その配備数は、弾道ミサイルでは推定数千発にも膨れ上がる。
日本ではあまり知られていないが、中国軍の軍事ドクトリンの基本は、建軍当初の「恩師」であるソ連軍直伝の「緒戦で大量のミサイル発射、事後ただちに戦線を離脱」というものだ。近年、中国軍が戦闘機や水上艦、潜水艦の配備数をとにかく増やしているのは、緒戦で投入可能な「ミサイルの発射台数」を増やしたいという意図の表れなのだ。無人機も同じ発想で運用するとみられる。
先々、米国などとの軍事的緊張が高まれば、まず中国軍はずらりと並べた兵器を誇示して相手を威嚇・抑止するだろう。それでも相手が屈しなければ、このドクトリンに沿って「緒戦で大量のミサイル・無人機攻撃」に踏み切り、一気に戦争目的を達成しようとする可能性が高い。
中国軍が台湾への武力侵攻の構えを見せた1996年の台湾海峡危機の際、米軍は2個の空母戦闘群を台湾周辺海域に展開し、侵攻を阻止した。屈辱を味わった中国軍はこの時から弾道ミサイルや巡航ミサイルの量産・配備に取り組み始めた。
2000年代に入って中国軍がミサイル配備を拡大するにつれ、有事の際には、在日米軍基地や自衛隊の基地・駐屯地、レーダー・通信施設などが奇襲的なミサイル攻撃で破壊される恐れが強まった。これを受け、米軍は米領グアムなどへの在沖縄海兵隊部隊の配置転換をそろりと開始した。その後もミサイル戦力増強は続いたため、近年ではもはやグアムですら磐石な待避先ではなくなってきた。その結果、より中国から遠いオーストラリアが戦略的な価値を高め、21年9月の米豪2プラス2で「米軍の豪州へのローテーション配備」が打ち出された。
米軍は有事には被害を最小限に食い止めるため、まだ日本に残っている米空軍や海兵隊の航空部隊もグアムやオーストラリアなどに緊急退避させる見通しだ。「戦略機動」と呼ばれるこの動きには、航空自衛隊の航空機や海上自衛隊の護衛艦の一部も追随しそうだ。全滅を避けるため一時退却し、反撃に備えるもので、そこには軍事的な合理性がある。
ただ、こうした米軍・自衛隊の「日本脱出」の動きは日本人に相当な心理的動揺を引き起こす可能性がある。これは過小評価すべきではない。中国軍の「ミサイル大量配備作戦」は、それなりの効果を上げているとみなければならない。
日本海を「内海化」したい中国
中国側の弱点克服策の2番目は、相手国内部における工作員を使った破壊工作、サイバー攻撃である。
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