国語辞典編纂者の飯間浩明さんが“日本語のフシギ”を解き明かしていくコラムです。
【ず】「ずば抜けて多い」は悪い場合にも使えるか?
テレビ局のウェブニュースで、ある県の新型コロナウイルス感染者が〈全国でずば抜けて多くなっています〉とありました。この表現は誤りでは、という質問をもらいました。「ずば抜ける」は、どの辞書でも「ほかよりずっと優れる」の意味になっているというのです。
なるほど、鋭い指摘です。たしかに「ずば抜ける」は、単独で「ずば抜けた成績」などと言えば、ほかと比べていいほうに差が大きくなった状態です。『三省堂国語辞典』(三国)第8版では(1)の意味として説明しています。
ところが、「ずば抜けて〇〇な人」のように語句を補うと、わりあい自由度が増します。「ずば抜けて背が高い人」「ずば抜けて高価なワンピース」のように。これは単に、ほかとかけ離れていることを言っているのです。『三国』では(2)の意味としています。
「ずば抜ける」は17世紀にはもうあった動詞ですが、近代の例に限って言えば、(1)の例が多いものの、(2)の例も見られます。〈〔記念写真の中に〕ずば抜けて一つ大きい顔があります〉(太宰治「小さいアルバム」1942年)というのは中立的な例です。一方、〈何しろ学生時代からズバ抜けて奇行に富んだ男だもの〉(前田一「サラリマン物語」1928年)となると、ほかと比べて悪い例ということになります。
要するに、『三国』の旧版も含めて、辞書は「ずば抜ける」の意味を十分につかんでいなかったのです。(1)の意味は把握していたけれど、(2)の意味が昔からあることには気づきませんでした。
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source : 文藝春秋 2022年6月号