著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、南伸坊さん(イラストレーター)です。
昔、母の生まれ年を言ったら、深沢七郎さんに「じゃあオレと一緒だ。五黄の寅だ」といわれたので、母がゴーノトラだとその時はじめて知ったのだった。
五黄の寅の女は気が強いとか言って、女の子がその年に生まれないように、いろいろアンバイする人もあったくらいなのである。が、私は母を見ていて「気が強い」と思ったことは一度もなかった。
親父とはケンカにならない。一方的に叱られてるこどものようだった。怒鳴られるとフスマを閉めてから、舌を出したり、ゲンコツでぶつ恰好をしたりして、てんで反省していないけれども、まともに言い返したのを見たことはない。
こどもから見て、父親の言っていることの方がオトナで、スジが通っていると思うから、母がこどもっぽく見えていたのだろう。
しかし、今おじいさんになった私が考えると、決して気の弱い女じゃなかったんだな、と思って少し可愛い。
60すぎたくらいからだったろうか、母はなんだか不思議な作品を、モーレツに作り出すようになった。
広告のチラシから切りぬいた写真を、モンタージュした状差しとか、さくらんぼのプラスチックのカゴとストローで、奇怪な抽象オブジェを作ったりもした。
孫のために、編みぐるみの人形を作っても、孫は怖がって、スグ投げ捨ててしまうのだが、気を悪くするでもなく、かまわず次々に作るのだった。
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source : 文藝春秋 2022年7月号