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【イベントレポート】文藝春秋100周年カンファレンスシリーズ ストーリーマーケティング~ 記憶に残る「体験」の裏には「物語」がある ~

 文藝春秋は、6月16日に 「ストーリーマーケティング」をテーマにカンファレンスを開催した。カンファレンスでは“記憶に残る「体験」の裏には「物語」がある”をテーマに、顧客がECサイトやアプリ、リアル店舗などで商品やサービスに触れる瞬間を「体験価値」の起点と捉え、顧客の共感を呼ぶ「物語」の作り方や届け方について、実践者の講演を通じて考察した。

■基調講演

 未来資源としてのデザイン
~ デザインの力が持つ「構想力」とコミュニケーション ~

原研哉さん①
 
原 研哉氏(グラフィックデザイナー)

 GLOBAL=世界的な時代の日本と日本文化の立ち位置や、日本文化の変遷や特徴、魅力を原氏は冒頭で紹介した。日本の文化を表すキーワードは“Emptiness”だという。応仁の乱を境に文化の主流となっていった、華美からは一線を画す東山文化以降の慈照寺銀閣や竜安寺の石庭、茶の湯などに代表される、最小限の設えで最大限の効果を得る文化である。活け花も日本庭園も建築も然りで、削ぎおとす美学や余白を愉しむようになった。

 2002年から田中一光氏と堤清二氏と共に原氏が手掛けた『無印良品』も、豪華引け目を感じず、簡素であることにむしろより誇示するような境地を目指す取り組みだったという。簡素・質素であることが豪華より豊かであり、それはSimpleというよりもEmptyに近い──。日本文化を意識し、アートディレクターとして無印良品を世界に出していくストーリーの背景として“Emptiness”を意識しているとのこと。

 無印良品では、“Simplicity(合理性)”とはひと味違う、どんな文脈・状況にも対応できる究極の自在性を持つ商品作りを意識しているという。たとえば、Simplicityの代表例が、合理性とモダニズムの結晶であるヘンケルスの包丁。把手は三次曲面的で、握るとぴたりと五指の位置が決まる。一方、Emptinessの典型例はどこを握ってもいい単純な柄を持つ柳刃包丁である。この自在性が板前の技術の粋をすべて受け止める。

 サンパウロ、ロンドン、ロサンゼルスに日本文化の発信拠点をつくる、外務省の「JAPAN HOUSE」プロジェクトの総合プロデューサーを担当して実感したのは、日本の文化の可能性、潜在能力はまだまだあるということ。まだ手つかずの部分もあるし、伝統工芸もハイテクノロジーもサブカルチャーも一つの文化として日本人は、日本で世界をもてなすことができる。

 2030年には18億~20億人が国境を越えて移動するという試算(国連世界観光機構の資料より)がある。日本のインバウンド観光は、リーマンショック後の2009年は678万人だったが2019年には3188万人が来ていた。同じ19年にフランスは約9000万人、イタリアは約6200万であり、日本の潜在性を考えるとまだまだ伸び代がある(日本政府観光局=JNTO他のデータより)。この10年で最も伸びたのが日本で、デビッド・アトキンソン氏の試算によると2030年には6000万人の観光客が来日する可能性があるという。

 また、2019年のインバウンド観光の売り上げは5兆円で、自動車の輸出は12兆円だった。2030年のインバウンド観光売り上げは目標15兆円。クルマの輸出を抜くだろう(財務省、観光庁他のデータより)。世界の動向は「定住」から、すなわち「遊動」の時代へ。日本の産業はテクノロジー一辺倒できたが、今後は風土美意識も加わり、価値の生産へとシフトしていくだろう。物づくりから価値づくりへと変化していく時代だ。

「緻密/丁寧/繊細/簡潔」、がプリンシプルとして社会の中で機能しているのが日本のいいところ。また「気候/風土/文化/食」という観光資源の基本のすべてが日本はずば抜けている。「低空飛行」で紹介しているが、自然、料理、酒、宿泊施設、建築まで、まだまだ世界の人がよくは知らない素晴らしい未来資源が沢山眠っている。

原研哉さん②
 

 古い物がすべていいわけではないが、それらを現代風に解釈すると新たな発見、ときめきがある。日本の次の産業の形が見えてくる。世界の人々が日本の産品の品質に気づくとき、サービスを供する人の供給が追いつかなくなる。工芸品が供給不足になる、料理人が供給不足になる……そういう時代がすぐそこに来ている。

 例えば手間のかかった品質の高い銘品がいろいろあるのに、日本の酒は世界的に見ても安価すぎる! デザインの役割は、差異=ディファレンスのコントロールをしながら価値のヒエラルキーを高く構築していくところにある。酒のボトルやラベルのデザインそしてプロデュースには力を入れている。

 ホテルや旅館は、移動のために一夜を過ごす場所ではなく、そこで時間を過ごすために訪れる最終目的地=DESTINATIONだ。絶景を独占するのではなく、土地や風土の裁量の解釈装置でなくてはならない。来訪する人にその土地の素晴らしさを教えてくれるホテル。例えば建築そのものが素晴らしい自然の解釈装置になっている、ジェフリー・バワが手掛けたスリランカのホテルのような建築が日本にはまだない。風土や土地の素晴らしさを最大化し、心地良い滞在時間を提供するのが住居やホテル。日本にもそういう宿泊施設を作りたい。

 自然や風土を守りつつどうアクセシブルにしていくか。INNOVATION=いままで誰も考えなかった捉え方や方法、を生み出すことは大事だが、AUTHENTICITY=ずっと大事に守り継がれ、これからも価値を持ち続けるものも同時に重視すべき。日本はオーセンティシティの宝庫だ。

 今後の50~100年を考え、風土や美意識を未来資源としてどう活用していくか、がストーリー作りの要諦になる。既存の、そして眠っている土地や自然の中に、新しいストーリーを見つけたい。グローバルの時代になればなるほどローカルの価値は高まり、21世紀最大の産業は観光になる。世界における日本の地勢、日本列島の形状や気候を考えただけでもそれは明白だ。方向を間違えなければ日本には素晴らしい未来を招来することができるだろう。──こう語って講演を終えた。

■テーマ講演①

 ストーリーをスムーズな購入体験に導く
「Amazon Pay」のマーケティング効果とは
~ 新規顧客獲得から不正取引対策まで ~

井野川さん①
 
井野川 拓也氏(アマゾンジャパン合同会社 Amazon Pay事業本部 本部長)

 お客様の共感を呼ぶ「物語」を持つ自社ECサイトで、D2C※を成功させるには、世界観の作り込み/共感するファンの獲得/買いやすさの三つが鍵になる、と述べて井野川氏は講演の口火を切った。※D2C=Direct to Consumer 製造者がダイレクトに消費者と取り引きをすること

 Amazon Payは、3番目の「買いやすさ」のお手伝いがメイン。Amazon以外のサイトでもAmazonアカウントを使って、簡単・安心・便利に買い物ができるサービスを提供している。消費者はECを利用する際にAmazon Payを利用することで、購入プロセスの簡素化/安全なAmazon Pay決済/Amazonマーケットプレイス保証(利用)が期待できる。

 利便性/スピード/安心感/お得さ、が評価されており、例えばクレジットカード情報はAmazonが管理するためセキュリティは高く、Amazonギフト券での還元プログラムもあるなど消費者側のメリットは大きい、と説明。

 Amazon Payの導入をサポートするオフィシャルパートナー(決済代行会社等)も多いため販売(EC)事業者側の導入ハードルも低い。さまざまな事業者向けメニュー、管理システムが用意されているため、新規顧客の獲得/ECサイトのモバイル対応/顧客満足度の向上/AI・音声認識等/かごオチ防止への対策、新規テクノロジーへの対応などがAmazon Payの導入により期待できる。

井野川さん②
 

 井野川氏は、コンバージョンレートの改善や不正取引対策といった課題の解決に至るまで、数々の具体例や導入事業者の声を挙げつつAmazon Pay導入のメリットを詳しく紹介。
 
最後に、決済サービスのAmazon Payを、①新規顧客の獲得 ②コンバージョンレートの改善 ③不正取引対策に役立てマーケティング効果を出して欲しい、と総括し、EC事業者のサイトなどで実際にAmazon Payを利用した消費者の高評価コメントをいくつか紹介して、講演を終えた。

■特別講演

 パーソナライズされた提案で、多様化する顧客の期待を超える

森さん①
 
森 康洋氏(株式会社カッシーナ・イクスシー 代表取締役社長)

 変化の激しい時代にあって、家での過ごし方、遊び方、働き方など生活のすべてが変わった。従来のような物の売り方、ビジネスはもう通用しない。ライフスタイルと物・商品を掛け合わせ、顧客とコミュニケーションを取りながら、ライフスタイルに合わせた提案をして販売していくべきだ──森氏は冒頭で前提を述べた。

 多様な価値観を持つ消費者は100円ショップの商品からラグジュアリーブランドまでを吟味し使い分け、自分の個性を出すために差別化を考える。そうなると「商品が生み出された歴史や関わった人たちや付帯する(裏側の)ストーリー」が大切になってくる。顧客にはそれらをしっかりと伝えなくてはならない。

 家族の形態も住空間も、住まい方も変わった。顧客のライフスタイルを把握し、商品単体でなく住空間やストーリーと合わせて提案し販売するようにしなくてはならない。よってカッシーナ・イクスシーでは、イタリアものだけでなくありとあらゆる商品・ブランドを取り揃え、多彩なコーディネートやスタイリング提案ができるようにしているという。リビング、ダイニング、キッチン、ベッドルーム……ワンストップでトータルで理想のライフスタイル構築を叶えられるように、人材教育も含め努力している。

 顧客には、ウェブやSNSなどのデジタルでひととおり体験していただいた後に、ショールームでレザーやファブリックの触り心地や、色彩、フレグランスなどを五感で捉え空間を実体験してもらう。帰宅後もウェブ、AR(拡張現実)、3Dなどのデジタルコンテンツを利用して、まだ体験していないこと、ショールームで体験したことを振り返り、商品選びやコーディネートが続けられるようにしているとのこと。

森さん②
 

 同社スタッフは、店での接客により生の顧客情報を取得し、それまでに得たページ閲覧などのデジタル上での行動(閲覧)情報と組み合わせて、顧客が興味のあるモノ・コトに対してかゆいところに手が届く最適の提案をする。顧客の声を徹底的に聴いて対応し、受注率、購入単価そしてお客様の満足度を上げていく時代、と森氏は意識している。

 パーソナライズされた提案でしか、顧客の心に響くサービスを提供することは難しい。オンラインとオフライン、バーチャルとリアル両方の利点を融合させ、デジタルで得た情報と接客で得た情報を掛け合わせてストーリー=物語を作り、お客様の潜在的な要望を具現化した、期待を超える提案やサービスを行ってお客様の満足度を高めたい。それが受注・納入後の補修・改装の発注にもつながり、お客様との長いお付き合いができる、SDGsにも繋がる──。そう語って講演を締めくくった。

■テーマ講演②

 顧客を深く理解し心と瞬間を掴んで
オンライン・オフライン問わず物語を紡ぐ方法
~ 記憶に残る「体験」の裏には「物語」がある ~

美濃さま
 
美濃 貴行氏(株式会社セールスフォース・ジャパン エバンジェリスト)

 オンラインとオフラインの接点を行き来する顧客は、“今”がどこの接点であるかの意識はなく、常にブランドと関係を持っていると認識している。さまざまな接点から入手した情報から顧客への理解を深め、パーソナルなコミュニケーションを行うことが企業には求められる、と美濃氏は前置きし講演を開始。

 マーケターには、整理されたデータとインサイトが必要だ。効率性とROI※最適化のためのインサイト、KPIをチーム内で共有・連携しなければならない。顧客の多様性が顕在化した今日、企業起点のマーケティングはもはや効かず “顧客起点”のOne-to-Oneマーケティングが必要。顧客起点で行動に合わせたチャネル、タイミング、コンテンツを配信することで、顧客とのエンゲージメントを向上させることが可能になる。※Return Of Investment 投資収益率 

 多くの企業は顧客としっかり繋がっていない。オンライン(EC)とオフライン(店舗での接客販売や人的営業)を融合し、顧客の人となりを理解・把握して新しい顧客体験をどう生み出すか。大切なのは、“顧客を中心にする”ために、単なる顧客データだけでなく、オンライン、オフラインを問わず顧客が利用する場所やサービス全てのデータを収集することだ、と美濃氏は提言。

 Salesforceが提供するMarketing Cloud Customer Data Platform(CDP)は大きく以下の2つの領域をカバーする。
・インサイト型=データ収集、データ管理・統合、セグメント作成、分析
・エンゲージメント型=Web、モバイルアプリ、E-mail、コールセンター・営業支援などの自社チャネルを活用したオフライン情報も含めたクリエイティブやアクションの最適化
 
単なるデジタル化ではなく“繋がるためのデジタル化”が求められている。CDPとは「永続的で統合され、かつ他のシステムからアクセスが可能な顧客データベースとしてのパッケージ化されたソフトウエア」。CDPは、アクション(施策)につながる存在であること、簡単かつ素早く分析ができること、施策実行ツールとシームレスに連携すること、拡張性を伴っていること、が必要だ、と美濃氏は解説した。

美濃さん②
 

 “顧客を中心に体験をデザインすること”が重要で、見方と思考をCustomer Centric=顧客中心へ変えなければならない。そのために従来の4p(Product/Price/Place/Promotion)から、4C(Customer Value=顧客価値/Cost=顧客の支払うコスト/Convenience=顧客利便性/Communication=顧客との関わり)へと、観点を変えることを提言。

 新しい観点=4Cにおいて重視すべきは、顧客体験、顧客接点、時間軸であり、顧客の期待値を上回る体験を提供し、感情のギャップを生むことがエンゲージメント強化のために大切。顧客のニーズに合わせた商品を提案できているか? 顧客の望む接点でコミュニケーションできているか? タイミングは適切か? 常に確認を怠ってはいけないと補足した。

 Salesforceが提供するインサイト型/エンゲージメント型両方のCDPソリューション利用で、手持ちのデータを分析・活用し顧客解像度を上げ、顧客体験をリッチ化して顧客との関係の維持向上に役立てて欲しい、と結んだ。

■テーマ講演③

 『千と千尋の神隠し』の世界観を目指した、
プロントのリブランディング

矢野さん
 
矢野 純子氏(株式会社プロントコーポレーション プロントカンパニー ブランド戦略部 リーダー)
金子さん
 
金子 洋平氏(株式会社ヤプリ 執行役員CCO)

 冒頭、プロントも導入している、ノーコードアプリプラットフォーム「Yappli(ヤプリ)」について金子氏が紹介。その後は対談形式で、プロントのリブランディングとアプリ新規導入の詳細を紹介した。以下は要旨。

 1988年創業のプロントは、コロナ禍と人々の外食行動の変容を機に2021年春に20年ぶり2回目のリブランディングを実行。以前はカフェ&バーという“二毛作”業態だったが、昼と夜の業態を完全に分断して昼は「カフェ」(リブランディング)、夜は「キッサカバ」(業態変換)とした。

『千と千尋の神隠し』の世界観を戦略に取り入れ、夜になると店舗ががらりと変わる“二面性”“意外性”という魅力を取り入れた。狙いは、全く違う店が同居する驚きがコンテンツとなり来店動機を創ること。30年以上積み上げてきた、1つの店舗で2業態運営が可能なスキルという「既存の資産=強み」を最大限に活かしたリブランディングで、昼夜のメニューもブランドロゴも一新した。

 リブランディング後のプロントのファン化施策として、昨年10月にはファンツールを、ハウス電子マネーである「プロントマネー」決済機能を追加したスマートフォン・アプリに一本化。チャージするほどお得になり、使うほど特典が増える仕組みを導入した。

 YappliとYappli CRM※を組み合わせた、パーソナライズされた公式アプリの導入により、来店履歴や取引履歴などのさまざまな顧客データが蓄積できるようになり、セグメント別の特典クーポン配信などプッシュ型のダイレクトアプローチが可能になった。会員数(母数)獲得のために「アプリダウンロードキャンペーン」や「チャージバックキャンペーン」を定期的に実施し、当初想定以上のダウンロードと顧客評価を得ている。
※CRM=Customer Relationship Management 顧客関係管理

対談(ヤプリさん)
 

 今後も「二面性、意外性」訴求によるブランド認知向上PRと、顧客の店舗体験の増加と蓄積に注力し、ロイヤルカスタマーを増やしていく。店舗体験においては、アプリで取得した顧客データを店舗スタッフがサービスに活かせる仕組みを考えている。
「プロントは常に新しい飲食文化を提案するブランドを目指している。新たに開発した夜業態「キッサカバ」の“喫茶店と酒場のカオスな融合”はぜひ体験してもらいたい。」

■特別講演

 よりおいしい海苔を、より多くのお客様に楽しんでいただく
~ 山本海苔店次期7代目が描く、将来構想とブランドストーリー~

山本さん①
 
山本 貴大氏(株式会社山本海苔店 代表取締役社長)

 山本氏は自社の歴史をまず紹介。1849年(嘉永2年)に山本德治郎が日本橋の魚河岸近くに創業した山本海苔店。創業以来、一貫して高品質、香り豊かな商品を販売してきている。味付海苔や寿司用海苔を初めて販売し、贈答品市場を開拓して百貨店への進出や海外出店も果たしてきた。

 海苔は、グルタミン酸(昆布の旨味成分)、イノシン酸(鰹節の旨味成分)、グアニル酸(しいたけの旨味成分)の3つなどを含有するおいしい食材。山本海苔店では口どけと、味に特にこだわった海苔の販売を行っている。

 従来は「高品質で高価格な海苔を、中元歳暮という歳時記で、百貨店で売る」というビジネスモデルだった。贈答品として重宝されたのは「軽さ、保存食品であること、縁起物」ゆえ。しかし、配達技術の向上、選択肢の拡がり、虚礼廃止などの流れでいまや贈答用海苔市場は1993年の16億枚から、2013年は2億枚まで減少したという。

 市場縮小への対策としては、中元・歳暮時期の販売と百貨店販売の割合を下げ、山本氏は経営理念を社員みんなで考え会社の方向性を定義した。理念は「我々は世界一の海苔屋として誇りを持ち、より多くのお客様によりおいしい海苔を中心とした日本文化を永きに亘って楽しんでいただくことで社会に貢献します。」

 理念の短縮版は、「よりおいしい海苔を、より多くのお客様に楽しんでいただく」。こちらは“ビジョンカード”にして従業員やアルバイトの方に配布し、社内での浸透を図っている。今後のマーケティング的キーワードは、「いつでも、どこでも、お土産・デイリー、手頃感、営業によって(売る)、おいしいから(売れる)」。店頭のディスプレイ、什器も変えてきている。

山本さん②
 

 日本橋室町の本店が再開発エリアに入っているため、仮店舗で5年間営業する予定がある。そこでは「山本海苔を一番おいしく提供できる飲食業」も手掛ける。徹底的に海苔にこだわったお店にし、好評を得て他の場所にも出店できるように努力したいとのこと。

「おいしい海苔文化を守るのは山本海苔店だ」という気概を持って事業展開し、経営理念の社外への訴求も本格化させたい。若い方をターゲットにした新販路開拓やEC(電子商取引)、SNS発信も強化していきたい、と決意を表明し講演を締めた。

■特別講演

 お菓子には世界を平和にする力がある
~ シン・ユーハイムの書き方 ~

河本様
 
河本 英雄氏(株式会社ユーハイム 代表取締役社長)

 河本氏もまず自社の歴史を紹介。ドイツ人カール・ユーハイムが1909年、ドイツの租借地であった中国の青島で菓子店を創業。第一次世界大戦時に日本に捕虜として強制連行され、菓子職人として働いていた1919年に広島の陳列物産館(原爆ドーム)で初めてバウムクーヘンを初めて焼いた。ユーハイムは、バウムクーヘン発祥の年を1919年としている。

 戦争が終わり解放されたユーハイム氏はドイツには帰らず、東京・銀座のカフェで製菓長を勤め、1922年に横浜で菓子店を開く。そして2022年が日本創業100年。ちなみにカール・ユーハイム氏は1945年8月に亡くなった。

 庵野秀明監督が、50年を経たゴジラ・シリーズを新解釈した映画『シン・ゴジラ』に習って、河本氏はユーハイムの100周年を機に『シン・ユーハイム』のストーリーを紡いでみた。50年、100年は時代の変わり目であり、価値観の変わり目である。また、企業30年説というものがあり、30年で先代の父から社長がバトンタッチされた。今は時代、会社そして自分・個人のマインドセット確立の時期でもあるという。

 ユーハイム100周年にあたり、「シン・ストーリーの始まりは企業理念」と考えてまず企業理念を書き換えた。先代が書いた“100訓”理念が載っていた“旧約”の企業理念の書き出しは、「企業理念は永遠である……」だが、“新訳”ではあえて理念を変えた。

 50年前の商店時代に立ち返り、その後の企業化や経済と企業の成長過程も振り返り踏まえて「本来のユーハイムはどうあるべきか」を考察し、会社と経営のマインドセットを行った。忘れかけていた「お菓子中心発想」「職人主役主義」を打ち出し、「自分たちの時代を自分たちの手で創る」と謳って、100周年にあたってのリブランディングを行う。

 河本氏はお菓子が好きだったわけではなく父の後を継ぐつもりはなかったという。1999年に入社し、2年間フランスに菓子作りを学ぶ修行に出て、帰国後約10年懸命に働き、売上げや利益もバブル期に並ぶくらいに戻って、先代から社長も受け継いだ。

 大きな転換点となったのは、2016年の一橋大学の米倉誠一郎教授との出会い。「では、君は幸せなのか?」「君の幸せとは何だ」と問いかけられたこと。「その答えは地球の裏側にあるから」と言われ、南アフリカの視察旅行に参加。地球の裏側のスラム街のバラック建てのお菓子屋さんで、誕生日祝いとして父親に買ってもらったお菓子を子供が友達みんなと一緒に美味しそうに食べる姿を見て、心の中のもやもやがす~っと晴れたとのこと。

「お菓子屋になって本当によかった」とその時心底思った。マインドセットが起きた。従業員や職人も自分もみんなお菓子が好きな一人の人間なんだ、と思えた。その後「お菓子には世界を平和にする力がある」というパーパス(企業としての存在意義・目的)をつくり、「お菓子はもっと美味しくなる」本質審議会を2020年にスタートさせ、「I am職人」全社員研修を2021年にスタートさせた。こうした取り組みを通して会社のみんなが主役になっていく実感があった。

 まさに過去・現在・未来そして製造・販売・お菓子のマインドセットの連鎖が始まり、南アフリカにバウムクーヘンを売る店を出して子供達に食べてもらう、といった夢を含め、新たなストーリーが紡がれ始めている。

河本様②
 

 約200年前の1819年にドイツのコトブスという村で誕生したとされるバウムクーヘン。バウムクーヘンはユーハイムの看板商品。ユーハイムという会社の100年先を見越すために国境を越えて拡がる「バウムクーヘン・グレートジャーニー」を河本氏は現在、構想・考察している。

 お菓子には世界を平和にする力があることを信じて、例えば日本での「バウムクーヘン博覧会」や、人工知能を備えた自動バウムクーヘン焼き上げ機「THEO」によるロンドンでの製菓試作など、さまざまな活動を行っている。「お菓子1ピースでは世界を平和にすることはできないが、世界中の菓子職人や菓子店、菓子製造販売会社が繋がり、同じ思いを共有できれば“お菓子は世界を平和にする力がある”を証明できると思う」と熱く語った。

写真:今井 知佑
2022年6月16日(木) オンラインにて開催・配信

 

source : 文藝春秋 メディア事業局