組織の維持には何が必要か?/『最後の勝利をめざして』金正恩

ベストセラーで読む日本の近現代史 第58回

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官
エンタメ 韓国・北朝鮮 読書

 今回は、変化球を投げてみる。北朝鮮のベストセラー本を扱ってみたい。

 あの国では、金正恩・朝鮮労働党委員長の著作が、国家をあげて学習の対象になっている。いずれもベストセラーになっていることは間違いない。北朝鮮の平壌に外国文出版社という北朝鮮のプロパガンダ本を出している専門の出版社がある。2013年にこの版元から日本語版の金正恩の著作集『最後の勝利をめざして』が刊行された。本書に収録された演説の記録と書簡から、厳しい状況で組織を生き残らせるリーダーシップについて学んでみたいと思う。筆者がこういう問題意識を持つのは、最近の日本企業の組織規律が乱れているからだ。例えば、東芝だ。

〈遅れていた東芝の半導体子会社「東芝メモリ」の売却手続きが六月一日に完了する見通しになった。売却が完了すれば、東芝は巨額の売却益と引き換えに「稼ぎ頭」を失う。世界有数の半導体メーカーとして独立する東芝メモリの行く手にも、課題が立ちはだかる。/東芝が一五日発表した東芝メモリの業績は好調だ。スマートフォンに加え、AI(人工知能)ブームで増設が進む企業のデータセンター向けの出荷が伸びて、二〇一八年三月期の営業利益は四七九一億円。東芝メモリ分を集計対象から外した東芝の営業利益の約七・五倍にのぼる。東芝が新たな中核事業と位置づけるビル設備や水処理施設のもうけは小さく、東芝メモリを売却した後の「稼ぐ力」は大きく落ち込む〉(「朝日新聞」5月18日朝刊)

 2015年に粉飾決算が明らかになり、東芝が傾く原因となった。歴代3社長は、「チャレンジ」と称して過剰な業績改善を各事業部門に求めた。社長が出席する会議で「チャレンジ」という形で示された数値目標は、達成が必須の額として位置づけられ、社員は無理をするようになった。粉飾決算が表に出た後は、社員相互が疑心暗鬼となり、社内で自由な議論ができなくなり、派閥抗争が起きる。下り坂にある組織の閉塞感と将来の見通しが立たない不安感と組織規律の乱れは、似たような状況を田中真紀子外相下の外務省で経験した筆者は皮膚感覚でよくわかる。

先代の解釈権を独占

 この点、政治的自由が抑圧され、民意が政治に反映されず、経済的にも困窮した状態にある北朝鮮が崩壊せずに、しかもトランプ政権下の米国を手玉に取った外交を行っているのはたいしたものだ。金正恩のリーダーシップから学べば、危機的な状況にある企業の経営者も生き残ることができるかもしれない。

 まず重要なのは、思想だ。金正恩は、祖父の金日成、父の金正日と一線を画す新しい思想を作った。本書には、2012年4月6日に行われた「偉大な金正日同志をわが党の永遠なる総書記として高く戴き、チュチェの革命偉業を立派に成し遂げよう」と題する談話が収録されている。金正恩はこう述べている。

〈限りなく謙虚な金正日同志は、金正日主義はいくら掘り下げても金日成主義以外のものではないとして、わが党の指導思想を自身の尊名と結びつけることを厳しく差し止めました。/今日、わが党と朝鮮革命は金日成・金正日主義を永遠なる指導思想として堅持していくことを求めています。/金日成・金正日主義はチュチェの思想、理論、方法の全一的な体系であり、チュチェ時代を代表する偉大な革命思想です。われわれは金日成・金正日主義を指導指針として党建設と党活動を進めることによって、わが党の革命的性格を固守し、革命と建設を金日成同志と金正日同志の思想と意図どおりに前進させていかなければなりません。/全社会の金日成・金正日主義化はわが党の最高綱領です。全社会の金日成・金正日主義化は全社会の金日成主義化の革命的継承であり、新たな高い段階への深化、発展です〉

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source : 文藝春秋 2018年07月号

genre : エンタメ 韓国・北朝鮮 読書