他者との共生のむずかしさ

日本人へ 第180回

塩野 七生 作家・在イタリア
ライフ 社会

 日本人はまだ、難民問題に直面しないで済んでいる。だが遅かれ早かれ、この難問と正面から向き合わねばならないときがくるだろう。第一に、人口減少への対策の一つとして。第二は、激しく変動するアジアの一国であることによって。

 3月始めに行われた総選挙で政府与党が大敗した真の原因は、イタリアの有権者の心の奥底に張りついて離れなかった難民問題への不満にあった。結果は、デマゴーグたちによる「デマゴジア」の勝利。今どき流行りの「ポピュリズム」よりも、一昔前の日本人が訳した「衆愚政」が適切と思うほどの政局不安がつづいている。500年昔にマキアヴェッリは、すでに言っていた。今現在所有しているものを失うという現実の危機感よりも、明日にはすべて失うかもしれないという不安感で動いてしまうのが人間であると。

 イタリア人は伝統的に、人種差別意識の低い国民である。この頃はオリンピックでも肌の色のちがうイタリア選手が出てくるようになったが、イギリスやフランスのように旧植民地からの移住者の二世や三世ではない。国際試合の場で知り合って結婚した女や男たちで、だから、彼らの出身国もアフリカとはかぎらず、金メダルのドイツ選手が次のオリンピックではイタリアの選手になっていた例もある。なにしろミス・イタリアに、肌は黒かろうが、美女であれば選ぶ国なのだ。そのイタリア人が、他民族との共生にアレルギーを感じてきたのだった。

 その理由も、一般的なイタリア人ゆえに具体的。衛生観念ゼロのためか汚い。法を守る意識も薄弱だから、して良いことと悪いことの区別がつかない。つまり、不潔であるばかりか、治安まで悪化しているというわけだ。

 そして理由の第三は、というよりも最大の理由は、なぜイタリア人が払う税金で、彼らに人間並みの衣食住を保証してやらねばならないのか、自分たちは人間並みの生活をするのに毎日苦労しているのに、である。

 これこそ『逆襲される文明』だなと思ってしまうが、日本もふくめた文明諸国は、人権尊重という大義を樹立して久しい。だから、出身国では保証されていなくても難民先の国(先進国)では保証されてしかるべきというのが、“文明的な対応”とされるのである。

 ところが、文明度ではイタリアよりは進んでいるはずのイギリスやフランスを始めとする北西ヨーロッパ諸国はいずれも難民シャットアウト。ハンガリーに至っては国境沿いに鉄柵をはりめぐらせる始末。それで難民はイタリアに溜まる一方になり、イタリア人の不満は、経済ならば向上し始めているにもかかわらず、難民対策では“文明的な対応”をつづける政府と与党に対して爆発したのだった。

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source : 文藝春秋 2018年06月号

genre : ライフ 社会