認知症の妻を残し、夫はがんで逝った
砂川(さがわ)さんが亡くなったことを大山にどう説明するか、最後のお別れをしてもらう前の日から悩みました。「亡くなった」という言葉は使いたくなかったし、どうしたら理解してもらえるか。小さな子どもに話すようにしなければ、いまの大山には伝わらないのです。そこで、こう話しました。
「砂川さんが病気で、何度も病院へ会いに行ったよね? いま眠っているんだけど、これからも眠り続けてもう起きないのね。だから会いに行こうね」
大山は「うん」と答えました。その「うん」が、いつもお見舞いに行くときの「うん」と同じだったかどうか、大山の顔を見ることができなかったので、私にはわかりません。
お線香をあげてから棺の前へ連れて行き、砂川さんのお顔を見てもらったら、大山は、
「お父さん」
と、涙ぐみながら言いました。でも次の瞬間には、出口へスタスタ歩き始めていました。
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source : 文藝春秋 2017年09月号