私は個人的な心情として、人生を通じて場合によっては命懸けで忌避してきたものがあります。それは屈辱への回避です。
敗戦後間もなくの夏、私の住んでいた逗子の町の商店街を若いアメリカ兵が2人、酒を飲んでアイスキャンデーをしゃぶりながら、通りの真ん中を闊歩してきました。買い物にきていた女性たちは誰も店先に身を潜めて怯えていましたが、それを良い気にして彼等は胸を張って闊歩していました。私はそれが小癪で、彼等を無視して彼等と同じ通りの真ん中を、胸を張って歩いていきました。そうしたら、すれ違いざまいきなり彼等のしゃぶっていたアイスキャンデーで顔を殴られました。それが評判になり、後日通っている高校の教頭と何人かの教師たちに呼び出され、学校に迷惑がかかったらどうするのだと譴責されました。
後日物書きとなり、芥川賞をもらった作品に描いた当時の若者たちの新しい風俗と価値観が非難され、文壇の大御所の佐藤春夫氏が、親がつけてくれた私の名前を冒涜して作品の非難をした時、立場の違いの見境もなしに相手に食ってかかったものでした。
後年、映画監督としての処女作品で当時のボクシング世界選手の搾取の実態を描き出し、その筋の黒幕から殺すとまで脅されたものでしたが、むしろ現役の選手たちが守ってくれました。また、後には相撲世界の八百長問題を告発し、時の理事長元双葉山の後援者のさる右翼の大立者が私を殺すという噂もありましたが、理性派の武蔵川親方と話し合いをして、何とか無難に収まったものでした。
屈辱を晴らすために一命を賭す
そんな気性の私が、こと豊洲市場の問題に関して言を左右して逃げ回っているという小池百合子東京都知事の非難には根拠がなく、私にとって何よりの屈辱です。
小池知事は、2月10日の記者会見でも「『記憶にありません』と逃げる姿勢を見せることは国民の方がしっかりご覧になると思う」と述べていましたが、私は人生で逃げたことなど一度たりともない人間です。石原が逃げまわっているので逃げないで欲しいという内容の批判は事実をまげた非難でしかなく、この筋違いな非難ほど私にとっての屈辱はありません。この屈辱を晴らすためには一命を賭す覚悟もあります。
私は当節、築地市場の豊洲移転の問題に関して当時の責任者としての責任を問われ、それについて小池知事から一切のヒアリングに応じないとの批判を被っていますが、それ自体事実無根の話で、昨年10月に彼女の顧問団から多岐にわたる質問状を受け取り、書面で丁寧な回答を行い、その質疑応答全文は『文藝春秋』(2016年12月号)に掲載されています。
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source : 文藝春秋 2017年04月号