偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。
★三宅一生
服飾デザイナーの三宅一生(みやけいっせい)(本名・かずなる)は、素材の布と身体から発想して美しく動く衣服を生み出した。
小学1年生だった8月6日の朝、疎開していた広島市の隣町でキノコ雲を目撃する。広島の自宅は爆心地から約2キロで、すぐに母を探しに向かった。母は半身に火傷を負っていたが「お前は長男なんだから安全なところに戻りなさい」と叱ったという。このときの体験を三宅は長いあいだ口にしなかった。
1938(昭和13)年、広島市生まれ。実家は八百屋。子供のころはスポーツ好きだったが、骨膜炎を発症したため、興味は絵を描くことに向かった。広島国泰寺高校時代には、彫刻家イサム・ノグチによる平和大橋の欄干に感動し、芸術にあこがれる。多摩美術大学に進むと衣服のデザインに夢中になり、65年にはフランスに留学した。
パリではオートクチュール(高級注文服)の学校に通い、68年の五月革命に遭遇する。その後、ニューヨークに移ってプレタポルテ(高級既製服)の店で働いたが、この街でもベトナム反戦運動と直面する。骨膜炎が再発したので帰国して手術するが、すでにやりたいことは決まっていた。
70年、東京で三宅デザイン事務所を開設する。パリでもニューヨークでもなく東京だったのは、「日本にものづくりのエネルギーを感じた」からだという。73年からパリ・コレクションに参加して既存のデザインに挑戦する。
この時期、髙田賢三などとパリのプレタポルテをリードしたが、三宅は素材にこだわり日本の「刺し子」を持ち込み、1枚の布を裁たずに使って衝撃を与えた。80年代には「プリーツ(襞)」や「ツイスト(捻り)」によって豊かにうねる衣服を創り出す。99(平成11)年、「イッセイミヤケ」のブランドは後進に託し、さらに新しい試みに向っていった。
2009年、当時のオバマ米大統領に送った手紙が、米紙ニューヨーク・タイムズに掲載されて話題となる。「炸裂した真っ赤な光、直後にわき上がった黒い雲、逃げ惑う人びと」。そこには母と自らの被爆体験が綴られていた。
作品が「原爆と安易に結びつけられること」を嫌って体験を口にしなかったが、「今は語るべきだと思うようになった」と述べ、オバマに広島を訪れるよう促していた。
デザインによる挑戦は続いた。近年は日本のものづくりの力を再考し、「日本人はもっと自身の才能を発揮すべきだ」と論じた。10年に文化勲章を受章している。(8月5日没、肝細胞癌、84歳)
★島田陽子
女優・島田陽子(しまだようこ)は清純派として出発し、国際派女優と呼ばれたが、スキャンダルでも注目され続けた。
1980(昭和55)年、アメリカの連続テレビドラマ『将軍 SHŌGUN』に出演して高い評価を得る。同番組は全米平均視聴率32.6%を記録し、島田はゴールデン・グローブ賞を受賞して、日本を代表する女優としての地位を確立した。
53年、熊本県に生まれる。実家は室内装飾業。幼いころはバレリーナに憧れていたが、上京して劇団若草に入団する。駒沢学園女子高校3年のとき『続氷点』の主人公を演じ、最終回視聴率は42.7%に達して、有望な若手女優と見なされる。
その後、74年の映画『砂の器』で薄幸の愛人を演じて観客を唸らせ、79年の『白昼の死角』では主人公の情婦役が好評でファンも増えた。その頂点が『将軍』での成功だったが、このころから乱費癖がひどくなったという。
88年の『花園の迷宮』で、ロックシンガーの内田裕也と共演したのをきっかけに、豪邸を購入して一緒に暮らし始める。内田は妻の樹木希林と離婚しようとするが、樹木が拒否したため同棲が続いた。しかし、内田が都知事選に立候補したことがきっかけで4年の関係に終止符を打つ。この間、選挙費用などかなり「貢いだ」といわれた。
しかし、内田と別れてからも島田の借金は減らず、金銭問題で訴える人が何人も出てくるころには、女優の仕事も減っていた。借金をめぐる裁判では、島田は借金の総額を聞かれて「2億5000万円くらい」と答えている。
92(平成4)年にヌード写真集『Kir Royal』を刊行して、55万部のベストセラーとなり借金が減ったといわれた。94年、妻子がいたテレビの照明マンと結婚したが、2010年にAVに出演しファンを驚かす。これで1億円を稼いだと報じられ、軽井沢で介護していた母を東京に連れてきたが、夫とは19年に離婚している。
借金地獄のなかでも取材には微笑んで答えた。「トラブルは逃げれば逃げるほど追いかけてきます。自分が追いかけたほうがいいんです。向こうが逃げていきますから」。ひそかにため息をついた往年のファンは多かった。(7月25日没、大腸癌、69歳)
★村上豊
画家の村上豊(むらかみゆたか)は、小説の登場人物たちを独特のタッチで描き、読者の想像力をふんわりと膨らましてくれた。
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source : 文藝春秋 2022年10月号