「今とは違う世界」の希望に触れる
漫画家であるいがらしみきお氏と、ミュージシャン、映像作家、エッセイストなど各方面で活躍するイ・ラン氏の、2年にわたる往復書簡である。
初っぱなからおもしろい。保険について調べるうちに詳しくなりすぎたイ・ラン氏は保険会社で働きはじめたという。そこで上司に言われた言葉が「あらゆるものやすべての日常の本質を知ろうとしないで、見過ごしなさい」。この言葉は、本書における象徴的な言葉だ。どうやら、いがらし氏もイ・ラン氏も、それができないタイプの人間であり、それは、この社会で生きることを格段にむずかしくする、ということが次第にわかってくる。
2人の綴る手紙から、それぞれが属する社会が見える。しかし2人ともが本質的にそこに属しきれず、「社会の周辺にいながら、そこを出たり入ったりする人」たちだから、彼らの描く社会はいびつに見える。たとえばオウムのサリン事件、セウォル号沈没事故、東日本大震災、韓国での大規模な通信障害、そしてそれぞれの社会におけるパンデミック。個人的には韓国のチョンセ制度(賃貸住宅制度)やムダン(霊媒師)、カミナリ配達(Uber Eats的な存在)や高齢女性の貧困率の話がじつに興味深かった。いがらし氏の書く「ありえたかもしれない日本」を、そこに感じるのかもしれない。
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source : 文藝春秋 2022年10月号