こんな面白い本には出会ったことがない
かつてヒマラヤの雪男捜索隊に参加したときに私の頭を悩ませたのは、もし未知のサルが見つかったらそれを雪男と呼ぶことはできるのかという問題だった。難しいだろう。なぜなら雪男と聞いてわれわれが思い浮かべるのは、もう少し人間に近い生き物だからだ。サルと雪男を分かつ境界、それは二足歩行をするかどうかだ、と私は考えた。
こんな奇妙な疑問をたずさえ、とある著名な人類学者を取材した。そして、目下のところ人類の二足歩行に関する最有力学説はラブジョイの仮説だとの話をうかがった。二足歩行になれば手が空く。手が自由になれば雄は雌に餌を運べるし、雌は赤子を抱いて移動できる。愛と子育てに立脚したのがこの仮説だ。
しかしそれから10年以上たち、あらたな学説が浮上しているようだ。それは人類の進化にたいするわれわれの固定観念を吹き飛ばすものだ。
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source : 文藝春秋 2022年10月号