百年を守る

巻頭随筆 創刊百周年記念企画 芥川賞全選考委員特別寄稿

吉田 修一 作家
エンタメ 読書 芥川賞

 おそらく欅だと思われる。マンションのベランダから巨木が見える。

 四階建てのマンションよりも高いのだから、樹齢は優に百年を超えているのかもしれない。

 このベランダは決して広くはないが、とても居心地がいい。この季節になると冬の日が燦々と当たり、暖かい日は膝かけだけを持って、少し寒い日は室内から電気ストーブのコードを延ばして足元を温めながら、この巨木や中庭の紅葉を眺めている。

 思えば、ここ数年、紅葉の色づくのがずいぶんと遅くなった。去年などはクリスマスどころか、年末の声を聞くようになってやっと色づいた。ただ、色づけば色づいたで、それは見事なもので、紅葉にとっても一年に一度の晴れ舞台、その燃え盛るような色には圧倒される。

 紅葉がその美しさの骨頂にあるころ、巨木の葉々がはらりはらりと散り終える。風が冷たくなればなるほど舞い散る葉の数は増え、巨木の向こうに冬の青空が現れる。

 なにも人間様のためでもなかろうが、夏場はあの苛烈な日差しをその身を挺して遮ってくれていた緑の葉々が、こうやって寒くなってくると、ハラハラと自ら落ちてゆき、ベランダに暖かい冬の日差しを届けてくれるのだから、よくできたものである。

 いや、実によくできたものである。

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source : 文藝春秋 2023年1月号

genre : エンタメ 読書 芥川賞